第六の感覚
ブラジルでは、ロドリゴの愛称は「ロド君」ではなく、「ディガオン(Digão)」と書くのが一般的だよ!
太陽はすでに空高く昇り、水面に映った太陽の光が、木製の桟橋に繋がれた小さなカヌーを優しく揺らしていた。
背が高く、日焼けした、全身にタトゥーが入り乱れ、髪もボサボサの男が、今日の生徒たちに手招きするように声をかけた。
名前はロドリゴ。でもここではみんな「ロド君」と呼んでいた。
フィリペがユリの両親がいない間の右腕なら、ロド君はその上の古株で、二人よりも年上だし、リゾートで働く歴も長い。
「おはよう、みんな!」
周りを見回す。すでに6人のゲストが集まっていて、ライフジャケットを着て、明らかにレッスンにやる気満々だ。
「よし。昨日俺とレッスンした人は、もうカヌー選んで出ちゃって。気をつけてな?」
6人のうち3人がうなずいて、一番近くのカヌーに向かった。
「で、今日から始める君たちは……」
ロド君は新人の3人を指さし、近くで待っていた2人の若い男を手招きした。
「今日は付き添いレッスンだ。一艇につきインストラクター1人だから、まずは感覚をつかめよ」
ロド君の横で、ユリがにこっと笑って新参者たちに手を振った。ライトブルーのユニフォームがオレンジのライフジャケットに映えて目立つ。リゾートのどのセクションでも手伝うけど、やっぱりアクティビティに参加するのが一番好きなんだ。
「まずはユリが……」ロド君がユリを指して紹介した。
ユリは笑顔で手を挙げた。
「んで、こっちはラファエル」ロド君が続けた。ラファエルは細身の金髪の男で、ちょっと恥ずかしそうに、でも優しく手を振った。
「最後は……最高のインストラクター、俺!」ロド君はニヤッと笑って自分を指差した。
みんなが笑った。
「じゃあ、インストラクター選ぶ? それとも誰でもいい?」ロド君が3人の新人に聞いた。
ゲストたちは顔を見合わせて、遠慮がちに好みを聞き合った。カップルはどっちでもいいと言ったので、エミリがユリを選んだ。カップルは別れて、女性がロド君、男性がラファエルと決まった。
「よし、決まり。インストラクターたち、カヌー持って生徒連れてけ。安全第一だぞ!」
ロド君はホイッスルを吹いて、自分の生徒と一緒にカヌーに乗り込んだ。
ラファエルもすぐ続いた。
ユリはパドルを手に、エミリと一緒にカヌーに向かった。
「調子どう?」ユリが彼女を見ながら聞いた。
「うん。吐き気も治ったし、頭痛薬も飲んだよ」エミリは明るく笑って答えた。
「ビールあんなに飲むからだって言ったじゃん」ユリは冗談めかして言いながら、エミリをカヌーに乗せ、自分も向かいに座った。
他の生徒たちと一緒に岸を離れ、湖の中央に向かって滑り出した。
「じゃ、俺が先に漕いで見本見せるから。そしたら交代な」ユリが説明した。
彼は安定した動きでパドルを操り、エミリは真剣に見つめた。
「へえ、ユリが漕げるなんて知らなかった。キャンパスじゃ練習できないもんね?」彼女は自分で言って自分で笑った。
「今までできなかっただけ。でもあの街、雨降るたびに洪水になるしさ。もうすぐカヌー版ウーバーになるかも」
二人ともそのイメージで笑った。
「ロド君に教わったの?」エミリが続けた。
「いや、父さん」ユリは答えた。「ロド君が来る前は、父さんがツアーやってたから」
「やっぱりね。あの人、めっちゃ手慣れてるもん」エミリは言いながら、ロド君が丁寧に生徒に指導しているのを二人で見つめた。
「え、俺だって手慣れてるように見えない?」ユリは眉を上げて、ふざけて言い返した。
エミリは大笑いした。
「見える見える! でもロド君の方がベテランオーラすごいんだもん」彼女は言い訳した。「それに、あのラファエルって人は? どれくらいここで働いてるの?」
「実は、ここで働いてるわけじゃないんだ」ユリはカヌーを安定させながら答えた。「ロド君のサーフスクールのヘルプから始まって、今日も手伝いに連れてきたって聞いたよ」
「あ……それでか」
それを聞いて、ユリは興味深そうにエミリを見た。
「それで何が?」彼が聞いた。
「なんかイヤな予感がする」エミリは、ユリがよく知ってるあのトーンで言った。
ユリは本気で笑った。
「マジか……可哀想なラファエル、第六の感覚の餌食かよ」
「笑ってればいいよね。ジョーク言うのは簡単だけどさ、私が間違ったことあったっけ?」エミリはドヤ顔で自慢した。
確かに間違ってない。ユリが知る限り、エミリが誰かに「イヤな予感」って言ったら、たいてい後で当たっていた。
「でもなんでラファエルなの? 知りもしないのに……俺だってほとんど知らないよ!」ユリはパドルを渡しながらまた聞いた。
「知らなくたって! これは予感であって、後知恵じゃないもん」
「へえ……それとも先入観かな? この偏見女!」ユリはふざけて非難した。
そのあとユリはエミリに漕ぎ方を丁寧に教え、ステップごとにテクニックを説明した。何周か湖を回った後、エミリもリズムをつかみ、岸に向かって漕ぎ始めた。
「よし、ばっちり」ユリが褒めた。
「うう……帰りはユリが漕いでよー。腕死ぬって!」エミリは息を切らして文句を言った。
「ダメ」ユリは笑いながら答えた。「自分で岸まで戻れるか確認しないと」
エミリは舌を出して、わざと不機嫌な顔をして漕ぎ続けた。
「インストラクターごっこ本気すぎでしょ。きっとロド君をベテランって言ったからでしょ!」彼女はふんふん言った。
「偏見の報いだよ」ユリは得意げに笑った。「俺、ここで育ったんだから。ロド君が来る前から、もう3年は漕いでたんだぞ」
エミリはもう息も切れて反論できず、ただ困った顔をした。
「じゃあ、卒業したらここに戻ってインストラクターやるの?」岸が近づいてきて、彼女が聞いた。
「いや……」ユリの答えは最初自信たっぷりだったのに、最後で弱くなった。
「え? やるんじゃないの?」エミリは驚いた。「大学終わったらここに戻るって言ってた記憶あるよ」
彼女はユリが捨てた夢のリストを知らない。最近アナとの会話で、ユリ自身もそれをほとんど忘れかけていた。
エミリが知ってるのは、父の事故を自分のせいだと思い込んでいて、二度とあんなことが起きないようにリゾートを手伝うと決めた、ということだけ。もっと深い理由や条件は話したことがなかった。
「じゃあ、卒業したら何するの?」エミリは無邪気に聞いた。
ユリの頭にさっきの自分の言葉が響いた。
「戻らない?」
でも、すぐに何が変わったのかわかった。アナと再会したことで、心に火が灯って、あの答えが出たんだ。たとえためらいながらでも。
「ユリ?」エミリが短い沈黙に気づいた。
「あ……うん。まだ決めてない」ユリは肩をすくめて、無理に笑った。
でも、その笑顔と同じで、答えは完全に嘘じゃなかった。
岸に戻ったとき、ユリとエミリは最後だった。ユリがエミリをカヌーから降ろして手伝っていると、ロド君とラファエルが通り過ぎた。
「どうしてもダメなら、わからなかったってことは説明が足りなかったってことだ」
二人とも、ロド君が真剣な口調でラファエルに言ってるのを聞いた。
どうやらラファエルは生徒への指導で苦戦したらしい。ユリは驚いて、すぐエミリを見た。
「ほらね」エミリは肩をすくめて、また的中した自分の勘を自慢した。
乗艇が終わって、エミリはバンガローに戻るつもりだった。午後のリハーサルの前に、もう一度台本を確認するのだ。
「ありがとう、先生。仕事がんばってね」エミリは冗談めかして去りながら言った。
「またね。リハーサルがんばって」
ユリは手を振って見送り、ロド君がもう手伝い不要だと確認してから、反対方向の受付へ向かった。その日はチェックイン担当じゃなかったけど、街に用があった。メンテナンスに出していたサービスカーを引き取り、リゾートのドリンク在庫の補充を買うのだ。
リゾートの出口から数分歩き、観光エリアと街の中心をつなぐ橋の歩道に出た。
ショーツのポケットに手を入れ、ヘッドホンで音楽を聴き、海風に髪をなびかせながら、ユリは歩きつつ海を眺めた。空に浮かぶ巨大な白い雲が水面に映っている。
(大学卒業したら、このリゾートには戻りたくない……)
アナとの最近の会話の後、自分にそれを認めるのはもうそんなに難しくなかった。
(でも、昔の夢には戻れない)
それを思うだけで胃が締めつけられた。
強い風が一瞬、目を乾かした。
(あの庭で、アナが新しい夢を持てって言ってくれた。あのとき、珍しく頑固じゃなくて、なんか心が揺れたのは認める)
ユリは風を避けるように手を顔に当てた。
(でも、何年も同じ夢をかみ砕いてきた後で……)
深いため息が出た。
(どうやってアナに説明すればいいんだ? 諦める前から、俺、もう新しい夢の持ち方がわからなくなってたって)
ここ、ほんとに寂しいね……まだ誰も読んでくれてないみたい。
でも、わたし はまだ信じてるよ。ずっと、忠実に待ってるから。




