約束を破った重さ。
章のトリビア:
ブラジルでは、ビーチリゾートは冬でも普通に営業してるよ。
結局、冬でもここはよく暑くなるからね。
六月頃だった。
その夜、大学から帰ってすぐ、
ポケットでスマホが振動した。
画面に母の名前が光った。
「お母さん。」
靴を脱ぎながらスピーカーモードにして言った。
「おかえり、ユーリ。」
いつもの温かい、懐かしい声。
「夏休み、どう?」
「リラックスしてるってほどじゃないけど……まあ、なんとか。」
「無理しないでね?」
母が言った。
「こっちに来れる?」
アパートの静かな廊下を見つめながら、
少し迷った。
「……多分、行けないかな。」
「ひどーい!」
わざと怒ったふりをして、母が叫んだ。
「約束したのに!」
「わかってるよ。でも、音楽のレッスンやるって言ったじゃん? 覚えてる?」
言い訳した。
「休みはそういうのに追いつく唯一の時間なんだよ。」
大学一年生の頃から、
毎回の休みは講座や興味のある授業で埋めていた。
もちろん両親には会いに行った——
ただ、連休のときだけ。
「わかってる、わかってる……」
母の声が柔らかくなった。
「でも、七月に一週間末だけでも来れない?」
「頑張ってみるよ。なんとかする。」
「本当よ? お父さんも私も、ユーリに会いたがってるの。」
一瞬、母の声から冗談めいた調子が消えた。
「俺も……会いたいよ。お父さんは元気?」
「いつもの休みシーズン始めと同じよ。」
冬でも、シーズン初めの数日はみんなにとって重労働だった。
「ちょっと疲れ気味ね。去年から『ある誰か』にドタキャンされてるのに、まだ慣れてないみたいだし。」
母がからかった。
わかってた。
シーズン始めはいつも手伝ってた。
受付に立ったり、雑用をしたり。
今俺がいないから、きっと負担が大きい。
でも、両親自身が「休みは自分のやりたいことに集中しなさい」って言ってくれたから、
遠くにいても罪悪感が少しだけ軽くなった……はずだった。
「……ごめん。」
それでも、やっぱり罪悪感は残る。
でも、話を続けようとした瞬間、
ピッという音が電話から聞こえた。
「あ、お父さんから。切るね。チュッ!」
母はそう言って切った。
急に訪れた静けさの中、
無理やりベッドから立ち上がって、
シャワーを浴びに行った。
適当に夕飯を作って、
適当な映画をかけた。
悪い癖だ。
頭が回らないとき、生産的になれないとき、
いつもこうなる。
そして後で後悔する。
映画が終わった後、
ようやくスマホをチェックしたら、
母から五件の不在着信。
母はよく忘れ物して何度もかけ直すから、
最初は気にしなかった。
でも、念のためかけ直した。
「お母さん、どうした?」
出るとすぐに聞いた。
「ユーリ! ヴァレリアよ!」
従姉の声だった。
「今、フローラ叔母さんと病院にいるの。」
「病院? 何があったの?」
「おじさん……お父さんが、車の事故に遭ったの。」
その言葉で、心臓が止まりそうになった。
あとはほとんど覚えてない。
パニックで全部ぼやけた。
唯一はっきり残ってるのは、
父がハンドルを握ったまま寝て、
木に激突したってこと。
幸い重傷じゃなかった。
数日観察入院するだけ。
その夜すぐ、イクギミレ行きのバスを探したけど、
一本もなかった。
翌朝、母から電話がきて、
「来なくていい」って説得された。
「お父さん大丈夫よ。明日には退院できるかも。」
「レッスン代も払ってるんだから、ちゃんと受けなさい。」
確かに、いい知らせだった。
でも、あれから何かが変わった。
残りの休み中、
目が覚めてる間ずっと両親のことが心配で、
健康のことばっかり聞いて、
細かいことまで自分を責めた。
もしシーズンに手伝いに行ってたら、
こんなことにはならなかった。
俺が自分ばかり優先して、
両親の言葉を信じて好き勝手やってたから。
もちろん、両親は「休みを楽しめ」って言う。
親なら誰だって言う。
でも、最終的に決めたのは俺だ。
助けが必要だってわかってたのに、
疲れ果てさせて、
父の命まで危うくした。
全部、俺のせい。
もう、全部投げ出して人生を変えるなんて、
気まぐれじゃできない。
両親が俺のためにしてきた犠牲が無駄になる。
だから、期限を決めた。
同時に、両親に年末に自分たちの休暇を取らせるよう、
ほとんど強引に約束させた。
夏休みには俺が全部面倒見て、
二人で旅行に行ってもらう。
そして、自分自身に誓った。
この学年末までに、
追いかけてきた夢のどれか一つでも達成できなかったら、
全部諦める。
両親を助けることだけに集中する。
「……それが、まさに起こったんだ。」
ユーリはそう言って、
最後のきれいなシーツを折り畳み終えた。
もう夜の八時。
乾燥機が終わるのを待つ間、
アナはシャワーを浴びに行ってた。
出てきたばかりで、
さっき開けたプレゼントをもうつけてる。
繊細なネックレスに、小さな銀の花のペンダント。
肌に映えて、きれいだった。
アナはカウンターに座って、
折り畳んだシーツやタオルをユーリに渡しながら、
近況を話してた。
やがて、ユーリは心を開けるくらいにはリラックスしてた。
アナは明らかに、
ユーリが考え込んでるのに気づいてた。
「……そっか。」
アナが静かに呟いた。
「そういうことがあったんだ。」
また一枚、折り畳んだシーツを渡す。
ユーリは言われた通りの場所にしまった。
「なんか……バカみたいだろ?」
声が小さくなって、恥ずかしそう。
「ううん。わかるよ、ユーリの気持ち。」
アナの声が意外と優しかった。
「本気?」
ユーリは驚いて目を瞬かせた。
非難がないのが意外だった。
「うん。……まあ、ちょっとバカなところはあるけどね。」
からかうように言ったけど、
表情は優しいまま。
「私も昔、同じだったよ。病気だった頃、
夢を追いかけたら両親に可哀想がられるだけだって思ってた。
自分が重荷だって。」
ユーリは最後のタオルを積み上げながら、
じっとアナの話を聞いた。
「手術の後で気づいたの。
そういう風に思ってたのは私だけだったって。」
アナは自分の傷跡を指して、
それからユーリを指した。
「きっとユーリの両親も同じだよ。
絶対に、ユーリのせいだなんて思ってない。」
「……かもな。」
ユーリは壁を見つめながら、
疑わしげに呟いた。
「でも、それで何かが変わるわけじゃない。」
アナはユーリの顔をじっと見た。
好奇心が鋭くなった。
「だって、**俺**が自分を責めてるから。」
それを声に出した瞬間、
ユーリは少しの間、考えに沈んだ。
恥ずかしさか、残る悲しみか、
自分でもわからなかった。
沈黙が続いた。
アナが軽く肘で突いて、
現実に戻した。
「もう! ちょっとリラックスしなよ!」
アナが笑って、
重い空気を一瞬で吹き飛ばした。
「誰が、何かを変えなきゃいけないって言ったの?」
またユーリは驚いた。
アナはカウンターから飛び降りた。
「両親はユーリを信じて、
リゾート全部任せてるんでしょ?
事故の後でも。」
答えを待たずに続けた。
「今信頼されてるなら、
前だって信頼されてたってことじゃない?」
この数ヶ月、
ユーリは自分に厳しくなってた。
期限が来たら迷わないように。
反射的に肩をすくめて、
質問をかわそうとした。
「言いたいのはね、
両親の期待に応えるために、
何も変えなくたっていいかもよ。」
アナはユーリの横を通り過ぎて、
ベッドリネンの棚の前で止まった。
さっき閉めたドアを軽く叩いた。
「それでも、ちゃんと助けられる。」
アナの言葉を頭の中で振り払おうとしながら、
ユーリはまだ言い訳した。
「違うよ。ただ約束しただけだ。」
アナは一瞬考えて、
にっこり笑った。
「じゃあ、もう一つ約束しよっか。」
握り拳を上げて、
小指を立てた。
「ユーリなら、絶対破らないよね?」
ユーリは驚いて笑った。
子供っぽい仕草に呆れつつ、
興味を引かれた。
「どんな約束?」
「早く。」
アナが小指を振った。
「信じてくれないの?」
からかわれて、楽しくなって、
ユーリは小指を絡めた。
小さくため息をついて、降参した。
「よし、いい感じ。」
アナの笑顔がもっと大きくなった。
「これも破っちゃダメだからね?」
「わかった。で、何?」
ユーリは彼女の輝きに引き込まれて聞いた。
「これから、もっと頑固になるのやめるって約束。」
アナはまっすぐユーリの目を見て、
小指をぎゅっと握った。
ユーリも見返した。
少し目を細めて、わざと怒ったふり。
でも、アナの言葉は魔法みたいに無視できなかった。
一番大事なのは、
彼女がくれたすずらんのバッジ——
自分の夢の一部を預けたこと——
を思い出したこと。
再会してから、アナは一度も問い詰めなかった。
ただ、話したいことを聞いてくれた。
何かおかしいと気づいたら、
慰めて、
ユーリが自分で開くのを待ってくれた。
二つの瞬間を比べて、
ユーリは気づいた。
前と同じように、心の底では受け入れたいと思ってる。
でも、前と違って、
残る違和感が消えていく気がした。
「……わかった。」
優しい笑いが漏れた。
「頑張って、やってみるよ。」
二人とも笑って、
絡めた小指を正式な握手みたいに振った。
それからランドリーを閉めて、
一緒に駐車場まで歩いた。
アナのスクーターが停まってるところ。
「で、例の片想いは? 大丈夫?」
まだからかうような声。
「うん……多分。
彼女、リゾートの件で俺の気持ちわかってるし。」
アナが肘で軽く突いた。
「じゃあ、片想い認めるんだ?」
くすくす笑った。
「彼女も、ユーリのことどう思ってるか知ってる?」
ユーリは横目でアナを見て、
もう隠しても無駄だと悟った。
「……うん、もういいよ。
片想いだった。
でも、彼女は知らなかった。」
重いため息。
「えー、なんで!?」
アナが本気で残念そう。
「わかんない……なんか、わかんないんだよ。」
言葉に詰まった。
「はあ? いや、知らないよ!
せめて告白したの?」
アナが憤慨した。
「……してない。」
スクーターに着いて、
ユーリはアナにバックパックを渡した。
「もう乗り越えたし。
今はいい友達だよ。」
アナはバックパックを背負った。
「うーん、怪しいなあ。」
髪を直して、スクーターにまたがった。
「もしかしたら、彼女もユーリのこと好きかもよ。
デートに誘われたんでしょ?」
「友達としてだよ!」
慌てて説明した。
「俺がアナを誘ったら、
それってアナに気があるってことになる?」
「ある?」
アナが皮肉っぽい顔で聞いた。
「ないよ! それが言いたいんだよ!」
ユーリは顔を真っ赤にして叫んだ。
アナは笑いながらスクーターを動かした。
「ふーん、そういうことにしとく。」
リゾートを出る前に、少し止まった。
「わかってるよ、ユーリが過去に縛られてるの。
でも、全部過去にしなくたっていいよ。」
空中にチュッとキスを飛ばして、
スクーターが走り出した。
「バイバイ! 手伝ってくれてありがと! おやすみ!」
ユーリはアナが道路に消えるまで手を振った。
家の階段に座って、
夏の夜の涼しい風を感じた。
少ししてから中に入った。
『エミリに、ちゃんと説明しなきゃ。』
そう思った。
一番まともな選択だ。
でも、ポケットからスマホを出した瞬間、
ロック画面の通知に目が止まった。
エミリ: 明日朝、空いてる? - 20:26
みんな、トロピカルなリゾートに行ったことある?




