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シャトランジくんのカフェびより!

「おーい、朝だよ」


 ――『楽団』の朝は早い。


 というよりは、夜がほとんど無いと言うべきか。ともかく、大きな野原の中にある巨大な『楽団』の敷地内で、明かりが完全に消えることはそうそうない。


 いつも、その本部『サンクタム・ミューズ・ナオス』では誰かしらが楽器の練習をしたり、ゲームをしたり、あるいは研究をしたりして過ごしている。


 それに、とある人物によって擬似的に白夜が作られることすらある。


「ぴえ……」


 『楽団』は来るものを拒まない。


 そもそもの立地がかなり僻地である――正確には、ほとんどの世界にとって『異世界』というとても特殊な立地である――点を除けば、別に訪れる人物を追い出すことはしない。


 誰かの演奏を聴きたいのなら応えてくれるだろうし、ただ遊びに来たなら心行くまで遊んでもいい。『楽団』の正式メンバーになるのはとても難しいが、メンバーたちがとてもフレンドリーなのもあって、親しくなるのは簡単だ。


 もちろん、正式な演奏を聞きたいのなら『お代』は必要だけれど。


「おーい、朝だよって! 朝! 朝ー」


「ねむい、いや……」


「これでも喰らえ」


「うわーっ!」


 そしてこの少年にとって『朝』は、他人によって早めにもたらされるものだ。


 布団にくるまって夢の世界を満喫していた少年――シャトランジは、ルームメイトの少女、ジオディテールに起こされた。頬にキンキンの缶を当てられるという、あまりにも惨い方法で。


「う……うう、うー……」


 シャトランジがいまだに冷たい頬をさすりながら、ゆっくり上体を起こす。それを見たジオディテールは缶のフタを開けた。炭酸特有のプシュッ、という爽やかな音がし、辺りにミントのような香りが広がる。


「……め、珍しいです、ね。いつも、まだ寝てるのに」


 少しどもりながら喋るシャトランジ。


「え、忘れたの? 今日はそう、すぐそこに『Motchiy’s Café™』の二号店がオープンする! 日だよ」


 ジオディテールはこれまであったその自販機で買った『たくたんクリスタルソーダ』の缶を掲げて見せながら、どや顔でそう叫んだ。


 が、一方のシャトランジはまだ眠そうだ。アイボリーの前髪にお守りがわりの髪飾りを付けた後、まだ頬をさすっている。


「……そ、そう、ですか……」


「なにー、その反応。私が発明のお手伝いした商品も売ってるんだからな! 一応さっきね、アイデア代もいっぱいもらったし」


 成金のように紙幣を見せびらかすジオディテール。現在使える紙幣ではないが、旧札は売れば数十倍の額になるだろう。コレクションするのかな、と、壁にかけてある空っぽの額縁を見たシャトランジは思った。


「だから、オープンして一番に一緒に行こう! 代金ももらったし奢るから」


「う……まぁ、はい……別にいい、ですけど」


「よし、じゃあ善は急げだ! 支度しなきゃな!」


 シャトランジの返事に気をよくしたらしい。ジオディテールはソーダを全部飲んでしまうと、空き缶をゴミ箱に入れてから荷物整理を始めた。


 カフェがオープンした後は、ほとんどお隣さんのようなものなのに……とシャトランジは内心で首をかしげている。



 * * *



「……あれ、思ったより、おっきいです、ね」


 シャトランジが前髪の髪飾りをいじりながら言った。


 彼らの眼前には、二階建ての開放感あるカフェが広がっている。彼らの住まう『サンクタム・ミューズ・ナオス』から走るまでもないすぐ目の前に、五十メートル四方くらいはありそうなカフェが建っていた。


 壁もガラス張りで内側がよく見える。バロック様式の緻密な装飾が、カフェの内も外もきらびやかに盛り上げている。屋根付きのアプローチの上に、小さくその号が掲げられていた。


 昨日見たときはまだ骨組みすらなかったのだが、魔法というのはなんと便利な代物なのだろうか。


「ほらね、すごいでしょ? 設計図はワトソンくんセンセイがいろいろ修正したりしてたな、おかげでめっちゃーめちゃかっこよくなった」


 まだオープンはしていないらしく、カフェの中で二人のスタッフがあわただしく駆け回っているのが見える。


「ひとが、その、少ないん……ですね」


「まあなー。昔に私が本店に行った時も、臨時のアルバイト含めて二人しかいなかったもん」


「よ、よく回りますね。この大きさで……」


 普通であれば、とうてい二人では回らないサイズのカフェだ。一人が料理を作るとして、縦横五十メートルを越す建物を駆け回るのはなかなか難しい。


 そこもまた、魔法でなんとかするのだろうが。あまり個人的に魔法に親しみが薄いシャトランジからすると、この楽団に住む日々は驚きであふれている。


 すぐ傍には同じく『Motchiy’s Café』と書かれた青い自販機があるものの、支店がこの近くにも建つということで、もしかしたら自販機は撤去されるかもしれない。これまで手軽にいろいろな缶ジュースが買えたため、楽団員に人気は高かった。


「さすがに撤去されないんじゃないかな? 本店でも、カン売ってるし」


「あれ、そ、そうなん、ですか?」


「忙しすぎて接客できないからってカンコーヒー売り始めたって話だったからな。私も伝え聞きだからあやふやなんだけど」


 また別の缶を買いに行くのか、ジオディテールは手元で硬貨を弄んでいる。


 シャトランジは腕時計を見た。六時五十三分だ。七時くらいと、カフェにしてはやや初めの開店時間だが、いつも生活リズムがバラバラな楽団メンバーに合わせているのだろうか。


「あれぇ、ジオちゃんとシャトくん。おはよーさん」


「おーっ、二人も来てたの~! 奇遇ね~、でもやっぱり新しいカフェっていいわよね! ふふふ」


 二人の背後から、聞き覚えのある声がした。シャトランジはびくっと跳ねると、顔を背けたままジオディテールの背後に隠れてしまう。


「またー、また隠れちゃった、もー」


 片方の少女、フラットキャンバス――通称キャンバス、もしくはらっきゃん――ががっくり肩を落とした。栗色の短い髪と、赤と青のオッドアイを持つ高身長の美少女だ。野球少年のようなキャップと、しましまの服を着ている。小麦色に焼けた肌もわんぱくそうな雰囲気も、その印象を後押ししていた。


「まったく~、お姉さんシャトくんの顔が見れなくって残念だわ~」


 もう片方はミステリリボン――通称リボン、もしくはてりさん――は、人見知りの甥を見守るような優しい目でジオディテールを見た。キャンバスの姉であるリボンは、美しいラベンダー色のドレスを身にまとい、妹とは対照的に落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「ほらほらもう、てりさん泣いちゃうよ?」


「……す、すみません……うぅ」


 ちら、と片目を覗かせたが、すぐに引っ込んでしまった。恥ずかしがり屋もここまでくれば対人恐怖症の域だ。シャトランジの場合は厳密に言えば、一種の女性恐怖症であるのだが。


 どうやら、一定以上の年齢の女性と対面するのは極度の恥ずかしさを覚えるらしい。『楽団』のメンバーには、これでもだいぶ慣れた方である。


 ジオディテールは器用に腕を回し、背後のシャトランジの肩を優しく撫でながら会話を続けた。


「てりさんとらっきゃんは何か買いに来たの?」


「そうよ〜! 本店のデザートが美味しかったのを思い出してね〜。サンデーと、マカロンがおすすめかしら〜」


 うふふ、と優雅に笑うリボン。お菓子には一家言持つ彼女がこうも褒めるのも珍しい、とジオディテールは思った。


 ジオディテールはメニューに何があったっけ、と思い出そうとしたが、少し前に流し読みしただけのメニュー表はほとんど忘れてしまっていた。


「うふふ、もうすぐ開きそうね〜。わくわくだわ〜」


「わくわくだねー」


 店が開くまで、ジオディテールたちはその内装を観察してみた。


 窓に光が少し反射するため見えづらい部分もあったが、雰囲気によくマッチしたテーブルが並び、それから本棚やピアノなど、まさに貴族様御用達と謳っても構わないくらいの本格さだ。


 さきほどジオディテールから名前が上がっていたが、楽団の先生のひとりであるワトソンくんがいろいろと注文をつけたのだろう。彼の性格から考えれば、細かく注文をつけるよう注文された、のほうが正しいかもしれないが。


「すんすん」


 キャンバスが風に乗ってほのかに感じたコーヒー豆の香りに顔を綻ばせる。シャトランジも、相変わらずジオディテールの背後にいながらコーヒーのいい香りを味わった。


「そろそろ開店かな? 待ちきれないなー!」


 リリリン! とドアベルが鳴った。


「お待たせしました――」


「開店いたしまーす(祝福)!」


 二人の店員がドアを開け、片方は礼儀正しく、片方は無駄に元気よく開店を知らせたのだった。



 * * *



「へぇー! メニューがすごいいっぱいあるな」


「ぶ、分厚い……」


 ジオディテールがテーブルに座ると、魔法仕掛けで一冊の本がホログラムのように現れた。滑らかで頑丈な革表紙の冊子で、数百ページはあるだろう。実際にシャトランジがそれを手に取ったら軽かった。軽量化の付与魔法が掛っているのだろう。


 それをパラパラめくってみると、ドリンクにスイーツに本格コース料理、とカフェの域を棒高跳びで超えていくようなバラエティがある。


「……か、カフェにとんかつって、あるん、ですね」


「珍しいわよね〜。今日は朝早くだけど〜、夜ご飯はここのとんかつを食べてみようかしら〜」


 後ろの席に座るリボンがそう言った。


 一応、シャトランジに配慮して、背を向け合う形で座ってはいる。


「みんなも誘って大宴会とかしたいよねー」


「分かるー!」


 三人は乗り気らしい。


「ぼ、僕はその……」


「シャトくんも連れ回すからねー。安心していいよー」


「ぴぇ……」


 無慈悲な宣告に、か弱い少年は抗う術を持たなかった。


 シャトランジはそれについてはもう諦めることにし、眼の前に開かれているカフェのメニュー本を眺める。ドリンクはコーヒー、カフェオレ、ソーダにジュース、少し変わったものにはきなこヨーグルトコーヒーなんてものもある。


 それから食べ物のページにも、サンドイッチやロールケーキ、アサイーボールにハンバーガーとバラエティ豊かだ。どれにも目を引かれたが、結局シンプルなたまごサンドを注文することにした。


「ご注文がお決まりのようですね(感謝)!」


 なにやら擬音が見えてくるような勢いで、カフェの店員のひとりがやってくる。


 一瞬ビクリと跳ねたシャトランジだが、店員は中性的な外見であり平常心でいることはできた。実際、この人物が男性なのか女性なのかははっきりとしないが、クールでありつつも美しさも兼ね備えた相当の美人であることは確かである。


 その外見が珍妙なテンションで相殺されているのも理由の一つかもしれない。


「お、じゃあ私は豆乳カフェオレとベーコンエッグバーガーと、あとフォグヨーグルト?」


「ぼ……僕は、これ、とこれで……」


「かしこまりました(了承)! しばし、そうほんのしばしお待ち下さいませ(開始)」


 風を切りながら店員が厨房へ戻っていく。


「……え、えーっと。げんきな……人、でしたね」


「テンションがすごいバカだね」


 ジオディテールが容赦なく暴言を吐く。キャンバスは背後でワタバウティズムを持ち出そうとしたが、やめておいた。


 メニュー表をまたパラパラめくっていると、すぐにまた同じ店員がやってきた。


「お待たせしました(完璧)ご注文のセットにございます(遂行)!」


 気障な、しかしどこか本物の高貴さを感じさせるような動きで皿をテーブルに乗せる。


 ジオディテールの前には大きくて熱いハンバーガーが、シャトランジの前にはちょうどよく持ちやすい大きさのサンドイッチ三切れが。


 それと、なぜか注文していないはずの白ワインが、グラスに注がれて差し出された。


「これはサービスでございます(好意)ではごゆるりと、お楽しみくださいませ(完了)!」


 おっかなびっくりでワインを口に含むシャトランジ。


「ふにゃ……」


 美味しい。


 心地よい程度に冷えた液体が喉を通ると、陽差しの下のマスカットを思わせる軽やかな香りが鼻腔をくすぐった。ゆっくりと、優しくフローラルなニュアンスも訪れる。


 味わいも絹のように繊細であり、酸味は程よく、くどくない甘みがすっきりと広がる。とてもシャトランジの好みの味だ。


「お、おいしい」


「へえ、シャトくんもお酒飲めるんだ! じゃあ私も飲んじゃお」


 ジオディテールもワインを飲むと、いい笑顔を見せた。彼女の舌にも合ったらしい。


 あの気障な店員、テンションは全く奇妙でわからないが、カフェに勤める人物としては超一流の腕前を持つようである。


「じゃあ次はハンバーガー、もきゅ」


 厚めのベーコンがよく効いたスパイスの風味を感じさせる。次いで、甘いたまごとサワーなソースが絶妙なハーモニーを奏でてくれた。


 ジオディテールの顔は蕩けきり、いまにも気絶して昇天しそうなほどである。


 シャトランジもサンドイッチを食べた。美味しかった。天にも昇る心地だ。天にも昇る……。


「おーい、酔ったの?」


「はふっ、あ、あ……」


 本当に天に昇りかけていた、らしい。


 どこからか取り出されたアルミの指示棒で額をつっつかれ、シャトランジは目が醒めた。


 冷えたグラスを触って火照り気味の体を冷まし、サンドイッチをもう一度食べる。


「ん……」


「おいしい?」


「お、おいしい、です」


 さっきは味がよくわからなかったけれど、たっぷり入ったフィリングの食感が柔らかく、程よいアクセントになっている。甘いだけではなく、少しのうまみも含んでいて飽きない。


 ハンバーガーをすべて食べてしまったジオディテールは、今度は『フォグヨーグルト』なるものにスプーンを入れる。


「おおっ」


 外見はヨーグルトだ。


 スプーンを入れると、まるでクリームのようにすっと抵抗なく通り、優しい香りが立ち上る。ぱくり、と食べると、ジオディテールはあっという間にそれを平らげてしまった。(フォグ)という名の通り、ふわふわとした食感だ――ふわふわしているだけあってあまり食べた気がしないが、面白い食感である。


 そしてシャトランジは。


「……」


 酔って眠ってしまっていた。



 * * *



「シャトくんのほっぺた、もちもちね〜! いつももちもちできないのが悲しいわ〜」


 食事を終えた後、四人は『サンクタム・ミューズ・ナオス』に戻ってきた。


 大きな扉がひとりでに開き、四人を中へ入れるとまたゆっくりと閉じた。


「ほら、もう十秒待ったよー。次、次」


 リボンがむにむにしていたシャトランジを、キャンバスがひったくる。それなりに丁寧にひったくられたためか、シャトランジは目を閉じたまま動く様子を見せない。


 『サンクタム・ミューズ・ナオス』の内部にはまずエントランスホールがあり、シャンデリアの吊るされた高い天井が見るものを圧倒させる。


 金銀や宝石をそう多く使っているわけではないが、その装飾の緻密さなどは素材の差など気にさせないほどに美しかった。


 エントランスのソファに座り、いくつかテイクアウトしてきたものをテーブルに並べて、シャトランジをもちもちしながら二次会だ。


「これから毎日酔わせようかなー。こうでもしないともちれないし」


「ダビデに頼めば? なんか作ってくれるんじゃないかな、もきゅ」


 ジオディテールがワッフルを頬張りながら言う。


「にゃ……」


 何か夢を見ているのか、シャトランジは幸せそうな、懐かしむような顔で眠っていた。


 ジオディテールたちも長くシャトランジと過ごしているが、そこまで彼の過去を深く知っているわけではない。


「ふわー、ご飯食べたら眠くなってきちゃった。私も寝ようかな! おやすみー」


「あら〜、ここで寝ちゃったらもちもちされちゃうわよ〜」


「ふふん、私よりシャトくんのほうが柔らかいからな! 睡眠の邪魔はされないよ」


「ん、残念だけどー、二人でちょうどいいんだよねー」


 ジオディテールも頬をむにむにされる。が、もう寝ていた。


 ぐっすり眠ってしまった二人のあどけない顔をそれぞれ見ながら、リボンとキャンバス姉妹もくす、と静かに微笑んだのだった。

 キャラをとりあえず書きたいだけだったので、結局謎の文書になってしまった。

 語尾にカッコをつけて喋る店員はまた出したいです。最近は喋り方の表記で誰が誰だか見分けがつくのを考えていて、これの他にも「www」を入れるとか、「。」を最後の文にもつけるとか、そういうことを試みています。

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