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KRの記録

 




 ──記録ログ:整備補助機体・KR




 かつて、工場には人がいた。



 管理人と呼ばれる初老の男が、薄暗い休憩室の隅でよく煙草をふかしていた。


 そのそばでは、大小さまざまな整備ロボットが金属の床を這い回り、機械の足元に油を差し、配線の破損をチェックし、点検項目を繰り返していた。



 KR──通称「カニロボ」



 腕よりも小さなそのサイズで、よく床下に潜ってはホコリを吸い込み、配線に絡まっては引っ張られていた。


 給電ステーションに行くのもひと苦労で、エネルギー切れのKRたちが集団で床に転がっていたのは、もはや日常の風景だった。



 動作精度は、決して高くはなかった。




 誰かが足を踏み外し、何体もまとめて踏み潰してしまったことさえある。だが驚くことに、彼らは壊れなかった。


 分厚い外殻と、柔軟な関節構造による耐久性が、妙な人気を呼んだ。



「ポンコツで可愛い」と評判になり、量産が決まり、後期型はコスト削減と“有機性”を意識してバイオ燃料対応となった。


 まるで小動物のように“給餌”で動くことが、当時の流行でもあった。




 だが、ある日を境に、工場は止まった。



 理由はもう、誰も知らない。経営破綻だったのか、災害か、戦争か、あるいは──人がいなくなったからか。



 大型の機械たちは一つ、また一つと電源を落とされ、動かなくなった。


 それは命令であり、終わりだった。



 だが、命令を受けていなかった者たちがいた。




 KRユニットたちは、命令がなければ待機し、やがて給電されなければ沈黙した。

 しかし、ごくわずかに──自律性の高い一部個体の中には、給電を求めて這い、迷い、誰の命令でもなく動き続ける者があった。


 油が切れても、歩いた。


 仲間が停止しても、歩いた。



 そして、名もなきひとつが、地下の制御室へたどり着き──廃棄されるはずの命を、たしかに救った。



 その子の記録が、ここに残っている。


 自分の名前を知らず、ただ命令を待ち、ただ機械の傍を回っていた日々。

 それでも、最後に彼はひとつの「名」をもらった。





 ──“シェル”。




 その名前を呼ぶ声はもう遠く、静まり返った工場には誰もいない。


 給電ラインは完全に切れ、主制御も落ちて久しい。

 だが、中央の作業台に置かれた白布の下──





 わずかに、布が膨らんだ。



 コツンと、微かな金属音。



 それは風のいたずらか。はたまた──

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