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敵か味方か

 銃の金属が擦れるわずかな音が、静まり返った空気の中に吸い込まれるように響いた。




 アリエルとユーグは、都市の一角で立ち尽くしていた。向かいにいるのは、八本の触手を持つ異形のロボット。壁面に吸い付くように張り付き、残骸を引きずりながら、まるでこの街の主であるかのように二人を見下ろしている。




 沈黙は重く、互いにわずかも動かぬまま、時間が凍りついていた。



「……あのロボットは、悪い子なの?」



 アリエルがぽつりと口にした。澄んだ声が、ひび割れたビルの谷間に溶けて消える。



 ユーグのセンサーがわずかに点滅し、銃口を揺らすことなく彼女に答えた。


「都市圏でのみ稼働する配送機体だ。胴体に荷を詰め込み、触手と吸盤で道なき道を進む。人類がいなくなっても、彼らは都市の血管のように物資を運び続けた。……本来なら、戦闘には関与しないはずだ」



 それが、なぜここに。

 なぜ、壊れたロボットの死骸を引き摺りながら、威嚇するように眼下に睨みをきかせているのか。




 ユーグの内部回線に、突然の信号が走った。




 通信。




 差出人は不明。だが今は戦闘態勢。わずかな意識の逸れも致命的だと、ユーグは解析を最小限に抑えた。



 表示されたのは、たった一行。



 《敵ではない》



 短い。だが意味は明確だった。



 ユーグの演算回路は即座に導き出す。送信元は――目の前の、オクトパスロボ。


 ありえない、はずだった。敵意むき出しの姿勢で通信してくる矛盾。だが可能性は一つに収束する。



 ユーグは銃口を逸らさぬまま、通信を返す。


 《なぜ稼働している》



 すぐに返答が返った。



 《周囲の個体からバッテリーを回収している。戦う気はない。助けてほしい。君の隣に――人間がいるだろう。エデンを稼働させるための、人間が》



 アリエルの存在を指しているのだ。

 ユーグの人工思考に、一瞬の警戒が走る。




 応答。


 《今から、そうするつもりだ。エデンを……》


 言葉が途切れる。ノイズに塗り潰され、再送を繰り返すパケット。


 ユーグの握る銃口が、わずかに沈んだ。


「……ユーグ?」

 アリエルが不安げに名を呼ぶ。


「戦闘意思はないらしい」

 短く答えると、彼は銃をゆっくりと降ろした。




 説明を聞いたアリエルの目は、恐怖と安堵のあいだで揺れ動いている。彼女の手が、そっとユーグの指を引いた。


「……それなら、撃たないであげて」


 オクトパスロボは、ぎしぎしと金属をきしませながら壁面を這い降りてくる。その姿は猛獣のようでありながら、どこか疲弊しきった影を帯びていた。




 再び通信が入る。



 《……コアエデンは危険だ。ガーディアンが稼働している。近づけば消される》




 ユーグの回路に、低い警告音が鳴る。

 《どういうことだ》

 即座に返信を打ち返す。



 応答は断片的だった。


 《反主義者……人間の遺産に抗議する者たち……暴動……コアエデン、めちゃくちゃに……》



 通信は途切れがちで、断末魔のようにノイズが混じる。


「ユーグ……?」

 アリエルが再び指を引いた。大きな瞳に、不安が滲んでいる。


 ユーグは答えず、ただ赤く明滅する視覚センサーでオクトパスロボを見据えた。

 敵ではない。だが味方とも限らない。

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