這い寄るもの
街道は不自然なほどに真っ直ぐだった。
整えられた石畳の上を、アリエルとユーグは並んで歩いていく。
だが彼らの足取りを取り囲むように、通りの両脇には無数の残骸が散乱していた。
腕。
足。
ちぎれた配線や、基盤が露出した胴体。
ねじ曲がった装甲の破片は、まるで肉片のように黒ずんだオイルで濡れている。
かつては都市の一部を担っていたであろう機体たちは、今やただの鉄屑に変わり果てている。
ユーグは無言で銃ともう片方の腕で盾を身に付けていた。
彼のセンサーは常に稼働し、街路の両側、さらには屋上や地下の配線までを走査していた。
彼が一度でも「危険」と断じれば、この道は即座に戦場に変わる。
その隣で、アリエルは少しおずおずと彼の指を掴み、ぎゅっと握って歩いていた。
冷たい金属の指先なのに、不思議と安心する感触だった。
「ねぇ、ユーグ」
アリエルがふいに指を差す。
「あそこの……あのロボット、消えてない?」
ユーグは一瞬立ち止まり、彼女の示す方角へと鋭い視線を向けた。
そこには、倒れたままの機体がひとつ。
胴体が裂け、頭部のセンサーは割れ、沈黙を貫いている。
動力反応なし。音響探知もゼロ。
──ただの残骸。
「気のせいだ」
ユーグは短く答える。
「でも……」
「動力を失ったものは動かない。永遠に、だ。再び動かすことができるのは、己の手か、他者の手だけ」
それは彼の機械的な思考であり、揺るぎない判断だった。
「じゃあ……見てきてもいい?」
アリエルの声は、まるで観光の寄り道でもするかのように軽い。
けれどその好奇心の裏に、不安と恐れが微かに混じっていることを、ユーグは察していた。
「駄目だ」
言葉は即答だった。
今はグランドコアの再稼働こそが最優先。無用な接触はリスクでしかない。
「……はぁい」
アリエルは肩をすくめ、小さく頷いた。
その時だった。
――カサ……。
微かに、何かを引きずるような音が、静寂の都市に混じった。
アリエルは耳を澄まし、瞳を揺らす。
彼女の鼓動が速くなるのを、ユーグは隣で感知していた。
「今の……」
「我々以外に“何者か”がいる」
ユーグの声は低く、冷たく、戦闘前の合図のように響いた。
そして目の前で──それは起きた。
脇に倒れていた壊れたロボットの残骸が、ぐらりと揺れる。
胴体がずるずると地面を這い、まるで引き摺られるように裏路地へと消えていった。
「……ね、ねぇユーグ! 今の、見た!? 幽霊!? 怪物!?」
アリエルは息を呑んで後ずさる。
その目は怯えと興奮の入り混じった輝きを放っていた。
ユーグは即座に前へ一歩出て、アリエルを背に庇った。
銃を片手に、もう片手で盾を構える。
その構えは迷いなく、完璧な迎撃姿勢だった。
次の瞬間。
建物の壁の隙間から──“何か”が現れた。
スッ……。
細長い脚部。
吸盤の並んだ触手。
関節が幾重にも折り重なった異形の脚が、壁面を這い出してくる。
それは一本ではなかった。
二本、三本、四本……次々と、巨大な影が姿を現す。
そして──ついに全貌が露わになった。
ビルの外壁に張り付く巨体。
何本もの脚を広げ、鋭いセンサーアイをぎらりと光らせる。
タコ型──オクトパスロボ。
その存在は、この都市にまだ生き残る巨大機械の力を、否応なく見せつけてきた。
音はない。言葉もない。
ただ沈黙のまま、無数の目がアリエルたちを睨んでいる。
ユーグは短く息を吐き、銃口をわずかに持ち上げた。
その目は敵を捉え、冷たく告げる。
「……交戦の可能性」




