はじまりは、駅舎から
風が、機械の骨を撫でていた。
音をなくした都市のはずれ、朽ちかけた鉄の駅舎。
地面には、かつての案内板と、ガラスの破片。
電車はもう通らない。人ももう来ない。けれど──
「……ほら、見てユーグ。ハトがいたよ。まだ、ちゃんといるんだね」
薄汚れたホームの端に、ひとつの影。
それは小さな少女だった。
名をアリエル。
ぼんやりと空を見上げて、手のひらを差し出す。
その傍らに立つのは、背丈の大きな無骨な機械。
装甲の隙間から砂が落ち、片腕の関節が少しだけ軋む。
「……ハト。分類:鳥類。地上定住型。現在、個体数希少」
「うん。でもまだ絶滅してない、ってことだよ。ね、ほら……生きてる」
「確認済み」
それきり言葉は続かない。
でも、アリエルはもう満足そうだった。
誰かに返事をもらえるだけで、安心できる日々。
静かな空。壊れた街。
でも、アリエルにはまだ「見てほしいもの」がある。
少女は立ち上がる。手にぶら下げた小さなリュックと、水筒。
背を向けながら、ぽつりとつぶやいた。
「ねえユーグ。今日も、どこかに人の気配が残ってると思う?」
「検索中。可能性:低。探索エリア、北東方向に廃墟記録あり。目的地を更新しますか」
「うん。更新しよ。行こう、ユーグ」
アリエルは歩き出す。
砂に埋もれかけた線路の上を、一歩ずつ。
ユーグはその背中に従う。
たった1人と、1体。
この世界で“誰か”を想い続ける巡礼が、今日もまた続く。
──たとえ、もう人がいないとしても。