姫
どうぞよろしくお願いします。
何故、私はこんな山の中を歩いているのか。
身体が重い。
足が痛い。
もう歩けない。
私はその場に崩れるようにへたりこみ、草の生えた地面に両手をついて、空を仰いだ。
空の色は故郷の海を思い出させてくれた。
「……海へ逃げれば良かったのに」
「姫様、さあ、御立ち下さい」
手を差し伸べて来るのは同い歳の侍女。
「お前は子どもの頃、山育ちだったわね」
隠そうとしても声にやりきれない苛立ちが交じってしまう。
「なんで山なんかに……。海へ逃げれば、船に乗れたでしょうに」
周囲を警戒している武士のひとりが振り向いて言った。
「海路で逃げた方々は、すでに大半が討ち死に、そして入水なさっています。
一族の血を絶やさないためにも、我々は……、いや、例え、姫おひとりになられても、逃げ延びてもらわねばなりません。
お辛いとは思いますが、御立ち下さい。歩かねばなりません」
私は一族のために、名のために、生き延びねばならないのか。
「姫様、少し衣を軽くなさったらどうでしょう」
侍女が話しかけてくる。
衣より、一族、姫という重荷に押しつぶされそうじゃ。
しかし、歩くには確かに身軽の方が良かろう。
羽織っていた衣を二枚脱ぎ捨てると、少し楽になった。
こうなると、さらに少しでも身軽になりたくなる。
「刀を」
侍女がはっとして、武士を見上げた。
「自刃などせぬ。髪を少し短くしたいだけだ」
髪を重ねて束ねている下を掴み、侍女に頼んで刃を当ててもらうと長い髪が下へぱらぱらと落ちた。
いい気持ちだ。
侍女が痛ましそうな表情で見ているのも、なんだか気が晴れた。
立ち上がる。
歩けそうだ。
次は何を捨てるかな。
男の格好でもさせてもらおうか。
あの方が歩きやすそうじゃ。
いや、もし戦いになれば、男の格好をしている方が有無を言わさず斬り殺されよう。
さて、どのように逃げ延びるか……。
一族の血は、名は、捨てても捨てきれるものではない。
それはわかっている。
ただ、それを隠して生き延びることはできよう。
私の脱ぎ捨てた衣を大切そうに畳んで、抱えて歩く侍女。
今、この女にその衣を着せれば、私より姫らしく見えるだろう……。
ふと思いついてしまった。
私の後ろについて山を登る侍女を振り返り見て、思わず微笑む。
読んで下さりありがとうございます。
侍女ちゃん逃げて! と思います。
思いっきり平家のイメージです。