記録と噂
補講の第一部──それは「現状の洗い出し」だった。
エミリアは黒板に簡潔な手順と測定基準を記すと、生徒たちに振り返って言った。
「これから皆さんには基礎能力の測定を行います。魔力量、精度、操作負荷、反応速度、戦術判断の初期傾向──できる範囲で構いませんので、今の自分を正確に把握するつもりで」
空間に展開された魔導計測陣が、ほぼ同時に教室の中央へと出現する。
淡い光が浮かび、周囲を包み込むように円形の魔法陣がゆっくりと回転を始めた。
「順番は名簿順で。呼ばれた人は、中央に立ってください」
生徒たちはざわつきながらも、それぞれの荷物を脇に寄せて立ち上がる。
サンゴは壁際に寄りかかりながら、それを観察していた。
(こういう測定ってのは、だいたいが“模範的”な数値に引っ張られる。
でもな……現場で生き残るやつは、数値じゃ測れねぇ癖の塊だったりするんだよ)
──そして、最初の名が呼ばれる。
「レノン・カルド」
「はい」
すっと立ち上がった少年は、黒縁眼鏡を指で押し上げながら中央へ。
身長はやや低め、表情は硬い。動作一つ一つが機械的なまでに正確だった。
魔力を流し込むと、円陣の回転が加速する。
「魔力制御、安定……精度97%。反応速度、平均比+5。魔力量……やや低め」
エミリアが記録を取る間、サンゴは一言だけ呟いた。
「教本をなぞるには最適だが、現場では立ち止まるタイプだな」
レノンがぴくりと反応したが、何も言わずに席へ戻る。
「ミア・ルクレア」
「はいっ」
元気よく手を上げて前に出た少女は、金髪ツインテールの華やかな風貌とは裏腹に、立ち位置を確認するのに手間取っていた。
魔力を注ぎ込んだ瞬間、魔法陣が小さく跳ねるように光を散らす。
「魔力出力、過剰。精度82%。瞬間火力は高いけど、全体の制御は甘いわね」
「うぐっ……」
ミアが口を尖らせて戻っていく後ろ姿に、サンゴは「器用貧乏の逆。器用さを捨てて尖りすぎてる」と呟いた。
「アレン・フィッシャー」
「……あいよ」
気だるげに席を立ったアレンは、ややボサついた髪をかき上げながら陣に立つ。
魔力を流し込むと、他の二人と違い、魔法陣がぐうっと唸るような音を立てて安定しきらなかった。
「魔力量……高すぎ。反応は悪くないけど、繊細さゼロ。……物理寄りの補強型ね」
「それ言われんの、もう何回目だよ……」
生徒たちの測定が続く中──
校舎の外、廊下の一角ではすでに噂が広がっていた。
「聞いたか? 第一演習補講に、サンゴ・ブライトが来てるって」
「誰それ? 有名な人?」
「知らねぇの? 最年少入学したって噂のやつだよ。九歳だぞ、九歳。で、中退したって話だけど……なんか都市回ってたとか、軍から引き抜かれかけたとか……」
「うわ……やば。てか、ほんとに“その人”なの? 同姓同名とかじゃなくて?」
「しかも助手とか嘘だろ。やばくない?」」
声をひそめたやり取りの中に、一人、廊下の陰からその様子を眺める少女がいた。
銀髪を背で揺らしながら、視線は冷たく教室の扉を見つめている。
──シルヴィア・ノーランド。
騎士団候補生にして、学園内でも屈指の実力を持つ少女。
銀糸のような長髪を背に流し、軍服調の黒い制服を纏ったその姿は、どこか荘厳さすら帯びている。
凛とした表情に、まっすぐな瞳。そして整った容姿。
周囲の誰もが彼女を見れば、自然と背筋を正す──そんな“本物”の気配を持つ。
浮ついた話より優先して確かめることがある。
言葉には出さずに彼女は踵を返し、理事長の部屋に向かうことにした。