補講
教室の空気は、静かに張り詰めていた。
十数名の生徒が揃ったこの補講クラスは、元々“規律違反”“理解不足”“実戦不足”など、さまざまな理由で本来の演習授業についていけなかった者たちが寄せ集められた特別枠だった。
とはいえ、その全員が問題児というわけではない。むしろ、成績は上位でありながら“評価不能”とされたような、曲者揃い。
エミリアが教壇に立ち、名簿を読み上げながら点呼を取る。
「レノン・カルド、出席」「はい」
「ミア・ルクレア、出席」「います」
「アレン・フィッシャー……?」
「っす……」
無言で手を上げたアレンは机に突っ伏したままだ。
サンゴはその後方からその様子を観察していた。
(緊張してるというより、面倒って感じか。……分かるぞ、その気持ち)
壁際に控えとして立っている立場なので目立つことはしないが、明らかに“監視役”としてのプレッシャーは感じているようだった。
エミリアが手短に講義の目的を説明する。
「今日の補講は、先週の実戦演習で規定を満たせなかった班を中心に、個別の対応を行う予定です。皆さんには各自、前回の演習で得た情報から“戦術選択の反省”をまとめてもらいます」
教室がざわついた。
「えー……またレポートですか?」「前のやつ、まだ出してないんですけど……」
ミアが口元に手を当てながら呟く。「あの戦術選択って、そもそもルールに問題があったと思うんですけど……」
「確かに。状況の提示が曖昧で、選択肢も少なかった」
もう一人、真面目そうな男子──レノンが頷く。
そのやり取りを聞いていたサンゴが、ふと口を開いた。
「状況が曖昧なら、それを補うのが戦術だろ」
静まり返る教室。
皆の視線が一斉にサンゴへと向けられた。
「君は……その、助手の……」
「サンゴ・ブライト。期間限定、雑用兼戦術補佐」
そう名乗ると、教室の空気が変わった。
その名を知っている者、知らない者──反応はさまざまだ。
しかし確実に、場が引き締まる。
サンゴは机の縁に軽く腰かけたまま、全員を見渡した。
「お前らが何を考えて演習に挑んだかは知らねぇ。でもな。曖昧な状況なんて、現場じゃ日常だ」
数人の生徒が目を見開く。
「理論通りにいかないことの方が多い。……だからこそ、“分からないときにどう動くか”を学ぶ必要がある」
沈黙。
エミリアが一拍置いてから言葉をつなぐ。
「というわけで、今日の補講は二部構成です。午前は反省と戦術レポート、午後は再演習です」
「えっ、再演習って……またやるんですか?」
「内容が変わるのか?」
「相手側は……?」
質問が飛ぶ。
「全部、今から決める。──俺がな」
そうサンゴが口にした瞬間、生徒たちの顔に明確な警戒色が灯った。
その光景に、サンゴは小さく笑った。
生徒たちは半信半疑ながらも、徐々に彼に注意を向け始めていた。
レノン・カルド──中背で小柄、黒縁眼鏡をかけた分析型の秀才。常に冷静で、演習中も状況整理に徹していた。
ミア・ルクレア──魔法学科の筆頭生徒。金髪をツインテールに束ねた少女で、論理より直感派。戦闘能力は高いが、場当たり的な戦術で減点を受けやすい。
アレン・フィッシャー──筋力強化に偏重した脳筋タイプ。明るく雑な性格だが、実は他人の気配察知や観察眼に優れており、戦闘では最前線を担う。
このクラスの“実力だけはある”三本柱といっていいだろう。
サンゴは、そんな彼らの目に映る自分の姿を、どこか他人事のように感じていた。「安心しろ。そんなに難しいことはしない。真面目な授業だ」
妙な間が空いたが、確かに、誰も“ふざけている”とは言えなかった。
「さあ、席につけ。反省から始めるぞ」
教室には、今朝までなかった緊張感が静かに流れはじめていた。