初夜を拒否されたので、お望みどおりお飾りの妻になることにしました
「今日は疲れているだろうからそのままゆっくり休んでくれ」
「…え?」
部屋へとやってきた旦那様が開口一番に放った言葉に、私は戸惑いを隠せなかった。けれど旦那様は私の戸惑いをよそに話を続ける。
「それと明日から領地に戻ることになった。しばらく王都に戻ってこられないが、あなたはここで自由に過ごしてほしい」
「あの…」
「まだ嫁いだばかりで大変だろうから、女主人の仕事はしなくて大丈夫だ」
「っ!それは、どういう…」
「あなたの好きに過ごしてもらって構わないという意味だ。…ではゆっくり休んでくれ」
そう言って旦那様は私に背を向け、部屋から出ていこうとしたので慌てて声をかけた。
「ま、待ってください!」
「…どうしたんだ?」
振り向いた旦那様の顔は不快そうに歪んでいた。その顔を見て怯みそうになったが、これだけは確認しなければと、勇気を出して旦那様に問いかけた。
「しょ、初夜はどうするのですか…!?」
女性から初夜のことを口にするのは、はしたないが確認しないわけにはいかない。緊張しながら旦那様の返事を待つ。そして少しの間が開き、旦那様が口を開いた。
「…………すまない」
一言謝罪の言葉を口にして、旦那様は改めて部屋から出ていった。初めてを共にするはずだったベッドの上に私を残して。
「…どうしましょう」
私は先ほど旦那様が出ていった部屋の扉を見つめながら独り言を呟き、自身の膨らみの少ない胸に手を当てた。
――ドクン、ドクン、ドクン
今までの人生で、これほど激しく心臓の鼓動を感じるのは初めてだ。
「初夜をしない、だなんて…」
これは予想もしていなかった展開だ。
私と旦那様は政略で結ばれた関係ではあるが、旦那様の子を生むことが妻になる私の義務だと思って嫁いできた。だから緊張しながらも旦那様を待っていたのだが、まさかの拒否である。
「私のことが嫌いなのかしら?……それとも他に愛する方がいる、とか…?」
――ドクン!
「っ!」
自身の言葉に心臓が跳ねた。
(…そうよ。そうでなければ初夜を拒否などしないわ。きっと旦那様には心から愛する女性がいて、その女性に操を立てているのよ。だけどその女性と結ばれるのが難しくて、私と仕方なく結婚したのだわ。…ということはよ?これから先、私は旦那様の愛する女性から『愛されているのは私よ』と牽制されたり、旦那様から『彼女との子を後継ぎにする』とか言われたりするの?そんな、そんなのって……)
「まるで小説みたいじゃない!!」
――ミシッ
興奮のあまりベッドから勢いよく立ち上がると、旦那様との初夜で使うはずだったベッドが大きな音を立てて軋んだのであった。
◇◇◇
私の名前はユリア・ルーセント。ルーセント伯爵家の娘だ。
家族は両親と兄が一人いる。家族仲は良いわけでも悪いわけでもなく普通だ。家格も公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とあるなかでの、高くも低くもない伯爵。ルーセント伯爵家は領地を持たない法衣貴族だ。特に何かに秀でているわけでもなく、数ある伯爵家の中でも真ん中辺りの普通オブ普通だ。
それに私の容姿もこれまた普通である。ミルクティー色の髪に空色の瞳。特別美人でも不細工でもない。普段は眼鏡をかけているので、不細工寄りかもしれないが。
そんな何の取り柄のない平凡な、普通オブ普通の私にも趣味がある。それは本を読むことだ。私は本を読むために暇さえあれば王立図書館に足繁く通っていた。通いすぎて図書館の司書の人とは顔見知りになるほどだ。
図書館には家にある本すべてを読み終わってしまったことをきっかけに通い始めた。私が八歳のことである。それから十年、私は十八歳になるまで図書館に通い続けていた。図書館には十年も通っているが、いまだにすべての本を読むことはできていない。というよりすべて読むなど不可能だろう。蔵書の数は我が家とは比べ物にならないし、定期的に新しい本が入荷されるので、蔵書の数は増え続けているのだ。
図書館の存在は、本好きの私から言わせれば最高の一言に尽きる。図書館に住みたいと何度思ったことか。
しかし十八歳になったばかりのある日、顔見知りの司書にかけられた言葉に衝撃を受けた。
「実は司書を辞めるんだ。私もだいぶいい歳だからね。それで十年ぶりに採用試験が行われるんだが、よかったら受けてみないかい?」
いつもどおり図書館へとやってきた私に、顔見知りのおじいちゃん司書がそう言ったのだ。
王立図書館の司書は簡単になれるものではない。本の専門家である司書は様々な知識が求められるし、そもそも欠員がでない限り新たに採用されることはないのだ。私も図書館に住めないのであれば司書になりたいと考えもしたが、ここ十年は欠員がなかった。司書は本好きには堪らない仕事であるし、給金もいい。だから辞める人は殆んどいないのだ。
家は兄が継ぐので私はどこかの家に嫁入りするか就職することになる。しかし嫁入りの話は全くないので、自力で働き口を探さねばと思っていたところにこの話だ。これは運命ではないかと思った。もちろん採用されるかはわからないが、この機会を逃せば後悔することは間違いない。だから挑戦してみたい、そう両親に伝えようとドキドキしながら家に帰ったが、父に会うと開口一番に言われたのだ。
『お前の嫁ぎ先が決まったぞ』と。
婚約期間がほとんどないまま嫁いだのはメルトハイン公爵家。お相手であるカイル様は弱冠二十歳にして公爵家の当主となった非常に優秀なお方だ。
平凡な伯爵家の普通の娘である私に、貴族の頂点の公爵家当主であるカイル様からなぜ結婚の申し込みをされたのかわからない。両親も初めはどうして私なのかと不思議に思ったようだが、最終的には考えても仕方がないと言って喜んでいた。メルトハイン公爵家に何か利益があるのかは不明だが、ルーセント伯爵家は公爵家と縁付きになれるのだ。これ以上の利益はない。
だから私は司書の採用試験を諦めるしかなかった。それに公爵夫人となったら図書館へ通うこともできなくなるはずだ。今思えばこの展開もまさに小説のようであるが、この時は本気で落ち込んでいたのでそんなことは微塵も考えられなかった。
婚約が決まってからは慌ただしい日々を送ることになり、図書館にも行けず、おじいちゃん司書に挨拶できぬまま私は公爵家に嫁ぐことになったのだ。
そして迎えた結婚式当日。
旦那様と会うのはこの日が初めてであったが、目が合うことも言葉を交わすこともなかった。結婚式も公爵邸に神父様を招き、結婚証明書に名前を書くだけの簡素なものだったので、ものの数分で終了した。
結婚式が終わると旦那様は急ぎの仕事があるからと私は一人で夕食を食べ、そのあとは公爵家の侍女に全身を磨かれ、透けた夜着を着せられ夫婦の寝室で旦那様の帰りを待った。しかし待てど暮らせど旦那様は部屋に来ない。来ないのであればそろそろ眠りたいなと思っていたところにようやく旦那様がやってきてのだが、初夜を拒否され一人ベッドに取り残されてしまった。
そうして先ほどの発言へと繋がるのだ。
◇◇◇
「すぅ、はぁ…。落ち着いて、落ち着くのよ私…」
興奮のあまり叫んでしまったが、ここは落ち着いて状況を整理しなければと大きく深呼吸をした。
まずこの結婚はメルトハイン公爵家側からの申し込みだ。しかし婚約期間はほぼなかったし、結婚式は驚くほど簡素なものだった。そして初夜の拒否。初夜をしないということは、私との間に子は不要と言っているのと同義だ。それに旦那様の私への態度は私を妻として認めていないからだと言われれば納得できるが、それならばなぜ私と結婚したのか。その理由が何かあるはずだ。
(私を選んだ理由はなに?私のような平凡な娘を娶っても何の利益もな……あっ!)
私はふと似たような展開の小説を読んだことを思い出した。たしかその小説は、貴族である男性と平民である女性との恋愛を描いたものだった。
――男性と女性はお互いに愛し合っていたが、身分差で結婚を許されなかった。男性は家を継ぐ身で必ず結婚して後継ぎを儲けなければならなかったが、女性を心から愛していたため他の女性との結婚を受け入れられずにいた。そんな時に女性が自分の子を身籠る。しかし今の状況のまま生まれてしまえば、愛する女性との子に何も残してあげることができない。どうすればいいかと考えた男性が思いついたのが、お飾りの妻を娶ることだった。生まれた子をお飾りの妻との間に生まれた嫡子として育て、後継ぎとしたのだ。そして愛する女性を乳母として側に置き、家族幸せに暮らしましたとさ――
(男性と女性とその子どもは幸せに暮らしたかもしれないけど、お飾りの妻は幸せだったのかしら?)
私がこの小説を読んだ時に抱いた感想だ。お飾りの妻については詳しく描写されていなかったので、お飾りの妻が幸せだったのかどうかは想像するしかない。だけど普通に考えれば幸せなはずはない。普通は、だ。
(とりあえず今はお飾りの妻が幸せだったかは置いておくとして…。今の私を小説のお飾りの妻に置き換えてみると、疑問に思っていたことにも説明がつくわ)
しがない伯爵家の、平凡な娘である私に結婚を申し込んだのは、お飾りの妻にするのに都合がよかったから。
婚約から結婚までの期間が短かったのは、お飾りの妻が一刻も早く必要だったから。
旦那様の私への態度は、愛する女性と結ばれることができなかった八つ当たりから。
そして初夜を拒否したのは、愛する女性がすでに旦那様の子を身籠っているから。
これならすべてに説明がつくのだ。
(旦那様は、私をお飾りの妻にするんだわ)
まだ旦那様からは言われていないが間違いない。
「…ふふ。旦那様は優しい人なのね」
おそらく旦那様はいつ私に『お飾りの妻になれ』と言おうか悩んでいるに違いない。旦那様は公爵様だ。そして私は平凡な伯爵令嬢。命令されれば断ることなどできないのに、未だにそうしないのは旦那様がお優しいからだろう。しかし愛する女性が身籠っているのならあまり時間はない。子が生まれる前にどうにかしなければならない問題なのだから。
「お飾りの妻…」
お飾りの妻ならば白い結婚になるだろう。白い結婚は女性として魅力がないと言われているのに等しいが、正直まだ司書を諦めきれていないので私にとっても都合がいい。それに白い結婚を三年続ければ、離婚することができる。
貴族男性の二度目以降の結婚はハードルが下がるので、相手が平民でも受け入れられやすい。もしかしたら旦那様は愛する女性と結婚できるかもしれない。逆に離婚した女性は次の結婚は選択肢が狭まってしまうが、私は元々働くつもりでいたので、職さえ見つかれば独り身でも生きていけると思う。
先ほど旦那様が女主人としての仕事はしなくていいと言っていた。お飾りの妻には女主人としての権力などないはずだし、子を生まない私は屋敷にいてもいなくてもいい存在だろう。重要なのは私と結婚したという事実のみ。実際に旦那様からも自由に過ごしていいと言われている。
「あら。よくよく考えればお飾りの妻もいいかもしれないわね」
そもそも旦那様のことを愛しているわけでも信頼しているわけでもない。ましてや女主人としての権力にもまったく興味はない。お飾りの妻になることで自由に過ごせるのなら最高ではないだろうか。
「自由に過ごしていいってことは、図書館に行ってもいいのよね?」
メルトハイン公爵家のタウンハウスからは図書館が近い。なんなら歩いていける距離だ。お飾りの妻のために毎回馬車を出してもらうのも悪いので歩いていこうと思う。
「家の仕事をしなくていいのなら時間が余って暇だわ。…それなら外で仕事をしてもいいわよね?」
おそらく三年後には白い結婚を理由に離婚されるはずだ。離婚するのは構わないが、その時に手に職があった方がいいし、今から離婚後の生活のために貯金しておけば安心だ。
あと一つ、私にとっては一番重要なことがある。それは…
「今ならまだ採用試験に間に合うわ…!」
司書の採用試験は今から一ヶ月後。結婚して公爵夫人となれば試験を受けることなど絶対に無理だと思っていたが、私はお飾りの妻になるし、旦那様からも自由に過ごしていいと言われている。それなら挑戦する選択しか私にはない。
(挑戦してダメだったのなら他の仕事を探さなくちゃいけないけど、もしも合格できれば…)
「こうしてはいられないわ…。サーシャ!サーシャはいる?」
サーシャは私の専属侍女だ。今回の嫁入りに一緒についてきてくれた信頼できる侍女である。部屋の前で控えていてくれたので呼ぶとすぐに部屋へと入ってきた。
「いかがされましたか?」
「サーシャ!あのね私、お飾りの妻になって司書になるわ!」
「…はい?」
「だからサーシャも協力してね」
「え、お、お待ちください!ユリアさ、いえ奥様!詳しく説明を…」
「サーシャ。私はお飾りの妻なの。だから奥様って呼んではダメよ。今までどおり名前で呼んでね」
お飾りの妻は奥様などと呼ばれるべきではない。本当に奥様と呼ばれるべきなのは旦那様が愛する女性、ただ一人だけだ。
「…とりあえず質問してもよろしいですか?」
「ええ。なにかしら?」
「先ほどの発言について詳しく説明していただきたいのですが…」
「あら、そうね!説明がまだだったわ。…ふふっ、どうやら私少し浮かれていたみたい。実はね―――」
私はサーシャに先ほどの旦那様とのやり取りと、今後のことを説明した。
「―――ということなの。だから私は旦那様の望みどおりお飾りの妻になるわ!そして司書を目指すつもりよ!」
「…ユリア様。その…」
「なぁに?」
「公爵様の口からユリア様にお飾りの妻になれ、と仰ったわけではないのですよね?」
「そうよ。直接言われたわけではないけど、初夜を拒否するってことはそういうことじゃない?」
「……」
「…サーシャ?」
「…いえ、なんでもありません。よろしいかと思います」
「やっぱりそうよね!ふふ、楽しみだわ!…ふわぁ」
「今日はお疲れでしょうから、そろそろ休まれた方がよろしいかと」
「そうね。他に寝る場所もないし今日だけはここで休ませてもらうことにするわ」
「着替えはいかがされますか?」
「うーん、このままでいいわ。どうせ誰もこの部屋には来ないもの」
「かしこまりました」
「じゃあ明日からよろしくね」
「はい。それでは失礼いたします」
サーシャが部屋から出ていき再び部屋には私一人となった。私は初夜用の透けた夜着の上にガウンを羽織り、布団に潜り込んだ。さすが公爵家。ベッドの寝心地が最高である。疲れもあり、目を閉じたらすぐにでも寝てしまいそうだ。
「そういえば明日は旦那様が領地に向かうのよね。お見送りは……まぁいいわよね」
一応妻として見送りをした方がいいのかなと考えたが、私に見送られても嬉しくないと思うのでやめておこう。
「ふわぁ~。…そろそろ寝なくちゃ」
明日からは忙しくなりそうだ。私は明日からの日々を想像しながら目を閉じた。
(いい夢、みれそう…ふふ)
今日一日緊張していたのか自分が思っていたより疲れていたようで、ふかふかの布団に包まれ私はあっという間に深い眠りに落ちていった。
結婚して初めての夜。旦那様に愛する女性がいることを知り、私はお飾りの妻になることを決意したのである。
◇◇◇
(サーシャ視点)
私は部屋を出たあと、自分にあてがわれた部屋へと戻った。今日からこの部屋を使うことになるのだが、片付けはまだ終わっていない。予定ではユリア様がお休みになっている今のうちに片付けるつもりだったが、一息つきたくて水を注いだコップをテーブルの上に置き椅子に座った。
「ふぅ…」
少しでも早く休んで明日に備えるべきなのだが、まだ眠れそうにない。いや、眠れないというより目が覚めてしまったという方が正しいか。
(まさか公爵様が初夜を拒否するだなんて)
本当なら今頃二人は初夜を迎えているはずだったのだが、なぜこうなってしまったのだろうか。公爵様はユリア様を愛しているはずなのに。
(オルト様が確認しているのだから間違いないはず…)
オルト様とはルーセント伯爵家の嫡男でユリア様の兄である。オルト様は非常に優秀なお方だ。オルト様とユリア様のご両親である伯爵夫妻はあまり疑問に思っていなかったようだが、オルト様はメルトハイン公爵家に利益のないこの結婚を疑問に思い調査をされた。
(その結果が公爵様の一目惚れ、だったのよね)
まさか公爵様が一目惚れを理由に結婚を申し込んだことに信じられず驚いたが、オルト様が言うのだから間違いないのだろう。
ユリア様は大変美しい。あまりに美しすぎるため、オルト様から眼鏡をかけるようにと言われている。そもそもルーセント伯爵家は皆美形だ。ユリア様はルーセント伯爵家は何も特出したものがない普通の家だと思っているようだが、容姿がずば抜けている。伯爵夫妻もオルト様も美しいがユリア様の美しさは神がかっており、女である私も初めてユリア様の素顔をみた時はその美しさに息を飲んだほどだ。しかし伯爵夫妻はあまり容姿を気にしていないようで、自分達が美しいとは思っていない。そしてお二人に育てられたユリア様も同じで、自分は特に秀でたものがない平凡な娘だと思っている。唯一オルト様だけがルーセント家の人間の美しさを理解しており、ユリア様に悪い虫が付かないように立ち回られてきたのだ。
(それなのになぜ初夜を拒否したのかしら…)
公爵様がユリア様に惚れているのは間違いない。それなのになぜ拒否をするのだろうか。
(心の準備ができてないなかったとか?…いや、まさかね)
もしそうであれば目も当てられない。そうではないと思いたいが、私の知っている情報や状況から考えるにその可能性は大いにある。
それにユリア様は想像力が人一倍豊かなお方で、もしかしたら以前に似たような内容の本を読んだことがあり、『お飾りの妻』などと言い出したのかもしれない。
この場合、ユリア様を諌めるなり説得するなりするべきなのだろうが、私はそうするつもりは一切ない。
(私はユリア様の幸せが一番大切だもの)
オルト様からもユリア様を最優先するようにと言われている。それにもし離婚することがあれば、気にせず家に戻ってくるようにとも言われているのだ。
(オルト様はユリア様を溺愛してるものね。まぁユリア様は気づいていないようだけど)
本当は嫁がせたくなかったようだが相手はメルトハイン公爵家。断ることなどできやしない。それに調べたら公爵様の一目惚れだということがわかり、それならユリア様は愛され幸せになれるだろうと渋々送り出したのだ。
(それなのに拒否だなんて…。そもそも惚れていようがなかろうが、貴族としての務めを果たさないなんてあまりにも失礼だわ)
公爵様は上に立つ者としては優秀だが、夫としては失格である。ユリア様に仕える者としては公爵様のことなど気にせず、好きなことをして笑顔で過ごしてもらいたいと思ってしまうのは仕方ないだろう。
「私はユリア様の味方だもの。公爵様のことなんて知ったこっちゃないわ」
果たして今後二人の関係がどうなるのかはわからないが、私はユリア様がお飾りの妻と司書を目指すのならば、その手伝いをするまでのこと。
(オルト様への報告は…明日以降にしましょう)
初夜を拒否されたなどとありのまま報告すれば、オルト様が怒りのあまり公爵様に突撃しかねない。しかしそれではユリア様の望みが叶わなくなる可能性がある。それなら明日詳しくユリア様と今後について決めてから報告した方がいいだろう。ユリア様の望みを知ればオルト様は見守ってくれるはずだ。
「…もうこんな時間。片付けは…明日でいいかな」
ふと時計を見ればまもなく日付を越えそうだ。明日は忙しくなるだろうからもう休まなければと、私は荷物を片付けるのは諦めコップの水を一気に飲み干したのであった。