第8話 うそ
鴎はまだ帰っていないか……。
僕は小屋の中でうそをいった彼の明らかな不審点を思い浮かべていた。
源太くんと茂吉くんと忠之助くんは誰も見ていないといった。
怪しげな男を見ていない人物が三人も存在する。
反対に怪しい男を見た人物は喜作くんただひとりだけ。
やはり合点がいかない喜作くんはなぜ、あんなうそをついたのか。
そう喜作くんがうそをついているのは間違いない。
源太くんと茂吉くんと忠之助くんたち多数派がうそをついているという可能性は低いだろう。
なぜなら喜作くんが示したあの竹藪にはその男が逃げ込んだときに必ずできる足跡がひとつもなかったからだ。
竹藪に残った足跡は僕だけのもの。
そのことからもあの裏山にそんな男はいなかったということになる。
いや仮にそんな男がいたとしてもあの竹藪にはいっさい入ってはいない。
すくなくとも”竹藪に逃げていった”という喜作くんの証言はでたらめだ。
喜作くんにその男がどんな人相かを訊いたときも。
――もじゃもじゃ髭の生えた男だった。
――背が大きい男だった。
――服が汚れていた。
といっていた身形に関する情報はそれ以外ほとんどない。
僕が一歩先に踏み込んで訊ねたところ喜作くんの話が二転三転してしまった。
――髭は生えてなかったかもしれない。
――そんなに大きくないかもしれない。
――服はきれいだったかもしれない。
喜作くんがうそをつく理由……みんな仲良く猪さんを発見したのに……そこだけ意見が食い違うなんてどういうわけだ?
突然仲たがいしたわけでもなさそうだし。
だが、ここでまたひとつ問題だ。
喜作くんがいうにはその男は父親と同じような働き者で、朝早くに出かけて働いたあとに帰ってくる男だという。
顔見知り……というには情報が乏しすぎる。
う~ん、なぜ見てもいないはずの男の生活様式を知っているのか?
おおまかな人相は創作できたとしても喜作くんに誰かの生活感を創造することは可能なのだろうか?
僕が頭の中であれこれと考えて、いまの時点で判明している情報を整理しているところにようやく鴎が戻ってきた。
その表情を見るかぎりなにかしらの情報は得てきたようだ。
「どうだった?」
僕は労いがてらに声をかけた。
「えっと、猪さんの事件とは関係ないのですけれど隣町で瓦版売りが斬り殺された事件だあったそうです」
鴎の第一声は僕の期待していた答えとはぜんぜん違っていた……。
どころかまったく予期せぬ言葉だった。
隣町でも殺人事件か、あらためていまは混迷の時代だと思い知らされる。
防人の必要性がますます叫ばれることになるだろう。
「隣町でそんな事件が……でもそれは隣町の防人の仕事ですからね」
「そうですね。ただ大きな事件だったのでこの町まで噂が広まっていました」
「なかなか大ごとになりそうですね」
「はい」
鴎は神妙にうなずいた。
「それで僕が頼んだことは」
「調べてきましたよ。裏山の竹藪なのですが私の記憶通り数か月前までは竹が密集した立派な竹藪でした」
「へー。それをいまのように伐採したわけですか? 原因は翁たちでしょうか?」
「それもありますけれど。伐採の原因はほかにありました」
鴎はかぶりを振った。
「ほかの原因?」
「はい。ある翁が依頼された仕事で竹の間引きをしていたところ……えっと、要するにあのすかすかの竹藪は間引きによってできた空間ということになります」
鴎が身振り手振りを交える。
「話はまだつづきます。その翁はあの竹藪の中に一本ぼんやりと光る竹を見つけたそうです」
「光る竹ですか? 財宝のたぐいかなにかですか?」
「財宝といえば財宝なのかもしれません。その光る竹を切ったところ中に女の赤子がいたらしいです」
「あ、赤子が!?」
お、驚いたあの竹藪でそんなことがあったなんて。
それに鴎が赤子を”財宝”にたとえたことも鴎らしいといえば鴎らしいか。
赤子は国の宝、未来の宝、混沌の世界を拓く次世代の宝、まさに財宝だ。
「はい。私もその話を聞いたときは驚きました」
「それでその赤子は?」
「その翁。名を竹取の翁というのですが。現在その妻のおばあさんとふたりで育てているということです」
あ、あの有名な竹取の翁さんか。
「実子としてこれからも育てていくということですか?」
「はい。そうです」
「竹取の翁といえば竹細工の腕が超一級として著名なかたですよね?」
「ええ。竹取の翁の作る竹細工は繊細さと機能性を兼ね備えた超一級品で、そのたしかな品質ゆえに全国津々浦々に愛好者がいます。竹取の翁は間引き作業と同時に竹細工用に使用する竹も探していたということです」
竹取の翁さんは著名な竹細工職人。
この『仲裁奉行所』にも一般的な竹細工の飾りがいくつか飾ってある……名工の造るそれは大変素晴らしい。
僕は小屋の中の壁までいき、なんの気なしにその品をひとつを手に取ってみた。
棚に置かれたままの竹細工も視界に入る。
……えっ!? あっ?
「青鬼さん。その竹細工がどうかしたんですか?」
鴎は竹細工を掴んで慌てた僕を僕より驚いた顔で見ていた。
僕はふたたび鴎から視線を外し手に持っている竹細工と棚に置かれたままの竹細工を数回見比べた。
「青鬼さん?」
そ、そうかあの違和感はこういうことだったのか。
あとでもう一度裏山に足を運ばなければならない。
僕は鴎にその違和感の話をしてからつぎは子どもたちのことを調べてほしいと伝えた。
「わかりました。ではいってきます」
鴎は嫌な顔ひとつせずにすぐまた小屋をあとにした。
本当に仕事熱心な相棒だ。
「はい。気を付けて」
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