第57話 解決に向けて
――はい。ポチさんがエイプさんのあとにそういうとまたうしろ足で砂を掻きはじめた……。
ポチさん、でも、あなたはまだひた隠しにしていることがある。
そしてそれがなんなのか僕は知っている。
結びついていく【白犬撲殺事件】と、今回、鬼ヶ島で起こった事件と、が。
【白犬撲殺事件】がうやむやになった理由も『奇々怪々』が絡んでいたからなのだろう。
ポチさんはとても悲しい過去を背負っている。
ポチさんのうしろ足はまた水掻きのように砂を巻き上げた。
まるで自動で動かされているかのように。
「俺もむかしは悪さをしたけどよ。あのジジイとババアほど下卑た人間には出会ったことがねー。良質な柿の木を手に入れるって名目で、俺も嵌められて蟹と合戦したんだから」
そこに鴎がちょうど、お縄の準備をして到着した。
僕は鴎との情報を共有するためにすべてを報告した。
鴎に追加情報があるかないかを訊いたあと、現在の状況を簡単に言葉で説明した。
ちなみに追加情報はないという。
ただし、ある人物へのある伝言を事付かった。
つぎは要約した報告書を見せる。
文字として見たほうがわかりやすこともあるだろう。
鬼ヶ島で起こった出来事の二重チェックだ。
『――三匹は人間には恐れられていても、優しい赤鬼さんに以前から相談を持ちかけていた。組織を探るために三匹は桃太郎さんの手下になったということだ。奇しくも今回、鬼ヶ島の宝を奪おうと脅しをかけてきた桃太郎さんを赤鬼さんが耐えきれずに撲殺してしまった――』
「これが大筋です」
「はい」
鴎の細い首が前にカクっとうなずくとその体に変化が見てとれた。
小型の鳥だったものが体積を増やして徐々に少女の姿になった。
すこし変わったデザインの着物から腕の包帯が露わになっている。
これがいつもの鴎だ。
鴎はその手でメモを掴んだ。
僕は自分で書いた文章を指でなぞり細かな情報をつけたした。
たとえば赤鬼さんがなんのために臼さんとエイプさんの仲裁に入ったかなどだ。
鴎は僕の説明中にとても険しい顔をした。
巷で美少女といわれるその顔を崩すほどに、だ。
それは『奇々怪々』の名前がでたときだった。
僕はむかし鴎本人から聞いたことがあった組織との因縁があると、ただしそれ以上踏み込んだことは知らない。
赤鬼さんたちは鴎の変化にそれほど驚いた様子はみせなかった。
まあ、この世界で物の怪は一定数存在するからだろう。
「なるほど。了解しました」
鴎は一度だけ表情を変えたっきり、それ以降は眉ひとつ動かさずにたんたんと僕の話を聞いていた。
そしてすべてを納得してくれたようだ。
しばらく沈黙していた赤鬼さんがおもむろに口を開く。
潮風にさらされて上下の唇がくっついていたためピリっと皮の破ける音がした。
少量の出血も見てとれる。
「あの青鬼さん。ひ、ひとつだけ訂正してもいいですか?」
「ええ。構いませんがなんでしょうか?」
当然、僕はそれを受け入れる。
「変化の術でも骨格を縮めるのは至難の業です。ですので陣羽織を着崩したのも、鉢巻を斜めに巻いたのもただの苦しまぎれの思いつきなんです。いまの若者を意識したわけじゃないんです」
「そうでしたか」
そのかっこうは偶然の産物だったのか。
てっきりそこまで計算していたのかと思っていた。
「青鬼さんのように違和感なく大きな物を小さく見せる術は半妖のなせる技です」
「あの【浮き】を青柿に視せたあの技のことでしょうか?」
僕は【浮き】を柿に変えてエイプさんに見せた。
これはつまりは大を小へと変化させたことになる。
赤鬼さんは本物の桃太郎さんを偽物の赤鬼さんへと変えたのは小を大にすることだで、じつはこれは変化の術でも比較的簡単にできる術だ。
問題は交換した先だった。
本物の赤鬼さんを偽物の桃太郎さんに変えることは、大を小に変化させることでなかなか大変なことだ。
それが偽装桃太郎さんの身長をもっと低くできなかった理由だろう。
「そうです。まあ青鬼さんなら遅かれ早かれ僕が赤鬼だと見抜いていたでしょうけど……」
「お褒めいただきありがとうございます」
「青鬼さん。鬼属の評判をまた下げてしまいました。また世間は鬼のことをあれこれというでしょう」
「そうですね。事情の知らない市井の民は好き勝手いうでしょう。けれどそれを僕に謝る必要はありません」
「怒ってないんですか?」
「まったく。さあ、いきましょうか?」
「……は……い」
弱めに呟いた赤鬼さんの背中が一回り小さく見えた。
それは変化の術の効果が薄れてきたからだけではないだろう。