第52話 反論
「えっ、な、なにを根拠に? けどいま犯人は――いるといえばいます。いないといえばいません。って曖昧ないいかたを!?」
桃太郎さんは大量の唾を飛ばして質問を返してきた。
噛んでいたキビ団子が勢い余って飛びだす。
それは砂に塗れていてまるで最初から砂をまぶした食べ物のようになっていた。
桃太郎さん口元からまた薄荷の匂いが漂ってきた、それに併せて焦りの色も一緒に流れてきた。
だいぶ心が揺れてるようですね。
「いま僕は金棒を軸にみなさんの身長比率を計測しました。するとですね、おかしいんですよ?」
「な、なにがっすか?」
桃太郎さんは前のめりで僕の話に入りこんできた。
大袈裟に差しだした両手はいまにも僕に掴みかかってきそうだ。
「いま僕の目の前にいる桃太郎さんの身長がすこしばかり大きすぎるんです。噂に聞き及んだかぎり桃太郎さんは小柄な体躯だということでした。いまのあなたを小柄の範囲に入れるのなら、まあ、場合よってはそうなるのかもしれません。そこで僕はある仮説を立てました……そしてその仮説はピッタリと当てはまりました」
「な、ど、どんな?」
「桃太郎さんはここぞとばかりにキビ団子をクチャクチャ噛んでいますよね? それに崖にもたれるあの腕組みの姿勢。まるで世間にうとい者が若者はこうだろうというイメージ作りをしているように思うんです。その陣羽織の着崩しかたも斜めに巻いた鉢巻きもそうです」
ジーキーさん、ポチさん、エイプさんの三匹はその場を動けずにいた。
それぞれにみんな僕がなにをいっているのかわからないという表情をしている。
彼らにはまだ僕の意図が伝わっていないようだ。
さあ、ついに犯人を追いつめるときがきた。
「な、なにをいってんだ。あ、あ、あんた?」
桃太郎さんの動揺も頂点か。
「もう、いい加減に白状してください。桃太郎さん」
「いや、いや、俺はやってないよ」
桃太郎さんはぶんぶんと手を振って否定した。
心ばかりの冷静さを取り戻したようにも見える。
それもそうか? 僕はいいかたをすこし間違えている。
三匹は驚きもせず互いの表情を確認して、僕を一瞥してから顔を背け一同は水平線を見つめた。
「そうかもしれません。その姿ではやっていないということでしょうか。桃太郎こと赤鬼さん」
ジーキーさんはこちらを振り返り目を丸くしてから首を真っ直ぐに伸ばして天を仰いだ。
エイプさんも僕を睨みながら、怪我をしていない親指の爪を噛んでじっと堪えている。
ポチさんはお座りした状態のままで大きくうな垂れた。
がくりとした首が事件の綻びを感じさせる。
「あなたはなんらかの理由でひとり上陸してきた本物の桃太郎さんを撲殺しましたね? あの後頭部の傷はちょうど平均身長二メートルの鬼属。つまり赤鬼さんの身長から振り下ろされたであろう角度なんです。仮にこの中で金棒を持つことのできるエイプさんが殴ったとすれば後頭部の打撲跡はもっと下につきます。そして本物の桃太郎さんならば金棒ではなく刀で確実に仕留めたでしょう。噂の桃太郎さんは腕の立つ容姿端麗の小柄な優男、あなたは真逆です」
「な、いや、あの」
「なにか反論は? 僕の推理に間違いがあれば反論をどうぞ?」
「は、反論。えっと、その」
明らかに動揺している。
さあ返す言葉はありますか偽の桃太郎さん?
「だから。あの。そうだ。赤鬼は自分で自分を殴ったかもしれない」
「その場合はどうやってもあの後頭部の打撲跡にはなりません」
「す、砂の上に置いた金棒に自分から倒れていったかもしれない」
「その場合は後頭部から倒れるために、金棒の上に赤鬼さんが仰向けで倒れていないといけません」
「が、崖から落として自分の頭に当てたとか?」
「ならば、赤鬼さんの遺体はもっと崖の近くにあるはずです」
「誰かが放り投げて赤鬼の頭に当てたってことは」
「それができる者はここにはいません。ジーキーさんもポチさんも金棒は持てません。エイプさんは金棒を持てても赤鬼さんの後頭部から振り降ろすような角度で殴ることはできません。ちなみに浜辺を歩ている子蟹さんにも絶対無理です」
「な、なら。か、金棒が空から降ってきて……」
“桃太郎さん”こと“赤鬼さん”は言葉を切った。
「いや、もう……い……い……か」