第40話 検視と検死
鴎の忠告通り桃太郎さんも、猿さんも、雉さんも、崖下の右側で大人しく待っていてくれた。
けれど犬さんは……。
う~ん、鴎の忠告を無視して動き回っている。
まあ、この状況ではなにもできないだろうしそれにこちらには鴎の記憶とメモもある。
僕は桃太郎さんたちに一度会釈をしてから初動捜査として赤鬼さんの遺体の状況を調べはじめた。
彼らも丁寧に頭を下げてくれた。
うん、悪い人たちではなさそうだ。
僕は赤鬼さんを眼下にして腰を屈めて片膝をつく。
赤鬼さんは頭を海側にしてうつ伏せの状態で静かに横たわっていた。
首筋、手首と全身、数か所の脈を計ってみたけれどまったく触れ返してこない。
人間とは違うとはいえ生物である以上生きていれば当然、血管が脈打つことになる。
つぎに僕は赤鬼さんを仰向けにして両膝をつき、赤鬼さんの胸に耳を当てた。
本来ならばどくんどくんと規則的な鼓動が聞こえてくるはずだ。
僕の耳には寄せては返す波の音だけが聞こえてくる。
心音は聞こえない。
鬼属も人間と同じでこれで生死の判別がつく。
絶命で間違いない。
鬼族や物の怪は特種な術を用いることができるのだけれど、息絶えた命を元に戻すことは不可能。
特種な術とはたとえば鴎のように鳥から人になる擬人化能力などだ。
この世界のどんな生物も摂理を超越した術を使うことはできない。
命に関することがそれに当たる。
赤鬼さんの体を発見時と同じうつ伏せに戻してから頭を持ち上げ三十度ほどひねる。
後頭部には大きな傷跡があった、おそらくこれが致命傷だろう。
頭蓋骨がべっこりとヘコんでいる。
隙をつかれ背後から襲われたのだろうか?
傷口付近にすこしの血痕か……。
どうして、この血があんな遠くの岩まで飛んでるのだろうか?
僕は崖の左側の岩を見る。
そう二足歩行の何者かが身を丸めて転がったような跡のある砂浜だ。
う~ん、わからない。
誰かが転がったところでどうして赤鬼さんの血があそこにあるのか。
僕はふたたび赤鬼さんの顔を調べた。
穏やかな表情をしていて苦しんだ形跡はない。
不謹慎ながらきれいだとさえ思える。
死んでいるとはいえ顔が美しいのだ。
きっと瞬時に絶命したのだろう。
苦しむ暇もないほどに瞬間的に撲殺されたということか。
遺体からわずか一メートルほどさきに金棒の取っ手だけが見えた。
それは赤鬼さんから見ると右足側、いまの僕から見ると左前方にある。
金棒の上部が沈みはじめの難破船のように砂に突き刺さって埋まっている。
後頭部を金棒で一撃か。
その位置で殴って右側に金棒を捨てたということだ。
やはり出血量がすくない、なにか特別なことでもしたのだろうか?
あるいは止血のような救命措置?
※





