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第32話 始業

 「気をつけてくださいね?」


 僕はすこし声量を上げてすでにはるか上空にいる鴎に声をかけた。

 太陽の環が見える……陽射しが眩しい。

 僕は自然と日光を手で遮っていた。

 晴れた良い日だ、なんの事件も起こらない一日になればいい。

 それはいつも思っているのだけれど。


 「はい!」


 鴎は溌剌(はつらつ)な返事を残して青の向こうへと吸い込まれていった。

 顔から手を離すとやっぱり陽射しが眩しかった。

 直射日光は目にきつい。


 一度まばたきをして薄目で見る空は雲ひとつない青空だった。

 さあ、今日も仕事をがんばろう。

 でも、こんな晴れやかな日にかぎって……。


 光を浴びた目を景色になじませようとまた数回まばたきをしてから木目(もくめ)の浮きでた木の板へと目を移す。

 茶黄色の板にはいつも通り『仲裁奉行所』と書かれている。

 ようやく目も慣れてきたから小屋に入ってさっそく仕事開始だ。

 

 この時間はよほどのことでもないかぎり民が小屋の前を通っていくことはない。

 必然的に挨拶がけもないということになる。

 閑散とした道を一瞥(いちべつ)してから小屋の中を見まわした。

 木造ながらしっかりとした造りでちょっとやそっとの雨風では壊れたりはしない……。

 ただ数日前に起こった濁流だと一溜(ひとたま)りもないだろうけど。

 

 町でなにかあれば民がここに駆けこんでくる。

 今日は誰かが訪ねてくるような気配がない。

 ふつうの通行人と事件関係者では近づいてくる雰囲気が違うからすぐにわかる。

 この感じなら穏やかに過ごせそうだ。

 それでもまだ今日がはじまったばかりだ。


 こじんまりとした部屋のほとんどは御伽の国で起こった事件の資料で埋まっている。

 ほかには僕たちが座るのにちょうどいい大きさの切株とたくさん資料を開いても問題ない樹齢千年の大きな切株が置いてある。

 あとは僕たちが休憩で(くつろ)ぐためのお茶や甘味(かんみ)などだ。

 おやつは例の干し柿が多い。


 『甘露屋』ではほかにもたくさんの果実を扱っているけれどあの干し柿がダントツでいちばん人気だ。

 猪さんの事件後もちょくちょく『甘露屋』に足を運んでいるけれど、いまだになにもわからない。

 浦島太郎さんの話をだしても(けむ)に巻かれることが多い。

 なにか箝口令(かんこうれい)が敷かれているような雰囲気もある。

 『甘露屋』内部がそんな感じであれば中の人たちはさぞ居心地が悪いだろう……。


 勤務開始から甘味に手を伸ばすなんてことはなく僕はさっそく積み重なった資料に目をとおす。

 これが事件のない日の習慣だ。

 いままでに起こった事件書類をじっくりと読み返す。

 要所要所をチェックしながらその事件に付随しそうな書類を遡ったりもする。

 これは長年の経験が編みだした捜査方法だ。

 単体の事件が複数合わさって大きな事件に発展することもあるからだ。


 まさに木を見て森を見ずということだ。

 ただしこの事件書類はほかの町の物もあり膨大な量がある。

 だからまだ全体の十分の一も目を通していないだろう。 

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