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第23話 竹藪の影

 翌日、僕は僕で再度竹藪の近くで訊き込みをした。

 鴎が町医者で訊いた情報は空振だった。

 だから鴎はいま診療所付近(・・・・・)でチュン太さんの目撃情報を探している。


 チュン太さんは診療所の近くまではきたけれど、なにかの理由で受診できなかった可能があるかもしれないからだ。

 あの舌の怪我だきっと診療所付近では目撃されているはず。

 僕はまた……竹藪の中に分け入った。

 たくさんの足跡はあるけれど、それが誰の足跡なのか絞り込むことはやはり不可能だった。


 足跡のついた時期も不明だし動物の種類(かず)も多すぎる。

 捜査は完全に停滞してしまった。

 同族のチュン太さんがいれば、あの大量の白骨についてなにかわかるかもしれないのに……この現状を打破する方法は他になにかないだろうか?


 竹藪の前は民の交通量が多いけれど、滞在時間は限りなく低い。

 つまりただの通り道でしかないのだ。

 町の入り口ということもあり、ほとんどの人はこんなところでは立ち止まらない。


 さすがに違う捜査方法に切り替えなくちゃならない。

 僕がそんなことを考えながら意気消沈していると、見慣れた顔が近づいてきた……しかもこんな場所に、だ。

 まったく似つかわしくない、わけでも、ない。

 果して僕のことを覚えているだろうか?


 「こんにちは」


 声をかけてみる。

 これに他意はないなにかを訊きたいということはなく、ただの挨拶だ。


 「こんにちは」


 そう挨拶を返してくれただけではなく、丁寧に頭も下げてくれた。


 「青鬼さん。ここでなにかあったのですか?」


 おっ、僕のことを覚えてくれている。

 あのときはただ会釈をするぐらだったのに。

 上品は履物に着物、ここにくる服装には不向きだとは思うけれどなんせそいう家柄のひとり娘なのだから。 


 「この竹藪で事件がありまして」 


 「まあ、近頃は物騒ですね。猪さんの事件が解決してホッとしてたところですのに。もう、つぎの事件ですか?」


 「ええ、そうですね。かぐや姫さんはここでなにを?」


 「竹藪で気晴らしでもと思いまして」


 「気晴らしですか? でも、どうして裏山ではなくこの竹藪なんですか?」


 「猪さんの事件のあとですので裏山(あそこ)から足が遠のいてしまいまして。ここの竹藪は小さいけれど記念碑のようでとても気にいってるんです」


 「そうでしたか」


 「はい。私が生まれる前にいた場所を思いだす。そんな感じです」


 記念碑か。

 竹取の翁さんも裏山の竹藪にかぐや姫さん「誕生の記念碑」を作っていた。

 竹を生業(なりわい)にする者にはなにか感じるものがあるのかもしれない。

 ――生まれる前にいた場所を思いだす。その言葉はとても叙情的(じょじょうてき)だ。


 さすがは全国に名を馳せる竹取の翁さんのひとり娘といわざるを得ない。

 芸術的な感覚に優れている。

 しばらくするとかぐや姫さんはどこか浮かない顔をしていた。


 「失礼ですけど、なにか悩みごとでも?」

 

 竹の減少を(なげ)いているのかもしれない。

 嫌がられるかもしれないけれど困っている人に声掛けするのも防人(ぼくら)の仕事だ。


 「えっ、わかりますか?」


 「いえ、なんとなくです、けど」


 「そうですか。……祝言のことで悩んでいまして……」


 「祝言ですか? それはおめでたい」


 そういえば名だたる貴公子がかぐや姫さんのご機嫌を伺いにきていると、竹取の翁さんが仰っていた。

 その中の誰かと祝言を挙げることになったのかもしれない。


 女性は祝言間近になると急に思い悩むことがあると聞いたことがある。

 その種の困りごとだろうか?

 いささか僕には難しい……鴎ならばかぐや姫さんの話に共感できたのかもしれない。


 「おめでとうございます」


 僕がそういうとかぐや姫さんは黙ってしまった。

 しまった、そうか祝言のことで悩んでいるのに……おめでとうは失敗だった、の、だろうか?

 僕はってきりどんな祝言を挙げるのかの嬉しい悩み(・・・・・)だと思っていたのだけれど。

 それに――おめでとう。以外に返す言葉が見つからない。

 かぐや姫さんには本当に祝言を挙げたい別の相手(だれか)がいたのかもしれない。


 「ありがとうございます」


 かぐや姫さんからずいぶんと遅れて返事が返ってきた。

 そう返すしかなかったのだろう。

 

 「私、本当は祝言なんて挙げたくないんです……でも、お父様のために」


 やはり、そっちか。

 竹取の翁さんために祝言を挙げることを決めたのか……。 

 かぐや姫さんはそうぽつりといって、まだ輪郭がボヤけている月を物憂げにながめている。


 この心情は僕にはとてもわからない。

 ただ、かぐや姫さんがその相手と祝言を挙げると、竹取の翁さんになにか有利

なことがおこるのだろう。


 「あの、青鬼さん?」


 「は、はい。なんでしょうか?」


 これ以上、祝言のことをいわれても僕にはなんと答えていいのやら。


 「家族の揉めごとに防人が関われないというのは本当でしょうか?」


 えっ!?

 そっち。

 そっちの悩みであれば僕でも力になれるかもしれない。

 と、いっても話を聞くだけだけれど。

 じっさいに竹取の翁さんとかぐや姫さんで争っていた場合は少々困ったことになる。


 「そうですね。家族間の揉めごとに防人は積極的に干渉しません。原則家族間の争いや(いさ)いには不介入です」


 「そうですか……」


 「はい。でもなにかあればいつでも『仲裁奉行所』を訪ねてきてください。僕でも鴎でもいいので。お話を伺うくらいはできますから」


 「はい。ありがとうございます。そういってもらえると心強いです」


 「あっ、と、この竹藪で誰か怪しい人物を見たということはありませんか?」


 しまった、つい反射的に訊きこみをしてしまった。

 これは完全な職業病だな。


 「いいえ」


 かぐや姫さんはかぶりを振った。


 「そうですか」


 「ただ、どこかの翁を前に見かけたことはありましたね。きっと出稼ぎの翁だと思いますよ。そのかたの奥さんのような、おばあ様も応援で駆けつけていたようですし」


 「そうですか。それはいつですか?」


 「ずっと前とすこし前のあいだくらいだったと思います。なにかお役に立ちましたか?」


 「はい。大変」


 目撃情報はないよりはあったほうがいい。

 ずいぶんと幅があるな、微妙な時期だ……。

 ただ、”翁”も”おばあさん”もあまり関係なさそうだ。

 かぐや姫さんのいう通り出稼ぎの翁とその奥さんだろう。

 でもそのころにはもう竹は刈られていたと思うのだけれど。


 今回の【雀さん白骨遺棄事件】に関する有力な情報はついに得られなかった。

 やはり僕からチュン太さんのところへ出向いてみるしかないか。

 僕はかぐや姫さんと別れてからチュン太さんの家へ向かった。



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