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第18話 留守番

 青鬼が出張にいっているあいだに鴎はある建物の前にいた。

 瓦屋根の瓦がまるで波の絵のようにきれいに並んだお屋敷だ。

 屋敷の前には頑丈な石の門があり一見しても他の家と違うのがわかる。


 石の門のなかにある扉はすでに左右に開かれていてここを訪ねて来る者を拒まない。

 鴎は周囲を二度ほど見回したあとに門をくぐっていった。


 鴎が敷地の中に入ると白い割烹着を着て口元に手ぬぐいを巻いた人物が竹箒(たけぼうき)で落ち葉を掃いている。


 瓦屋根よりも高い木の下では――ザッ、ザッ、ザッ、ザッっと箒の先が地面と擦れる音がする。

 白い割烹着を着て口元に手ぬぐいを巻いた人物が鴎に気づいた。


 「あら鴎ちゃん」


 「どうも」


 「どうぞ。こちらへ」 


 白い割烹着を着て口元に手ぬぐいを巻いた人物は手招きして鴎を建物の入口まで呼び寄せた。


 「はい」


 鴎はてくてくと建物の入口まで進んでいく。

 鴎と顔なじみのその人物はおもむろに口元の手ぬぐいをはずした。

 両頬は薄っすらと白みがかっていて左右から数本の髭がぴょんぴょんと飛び出した。

 真上の髪の毛の中からは三角の耳がふたつちょこんちょこんと姿を現す。


 つぶらな瞳でまっすぐに鴎を見つめていた。

 人の身なりでいながらどこか人とは違った様子のその人物を前にしても鴎は平然としている。


 「今日、青鬼さんはおでかけですか?」


 「はい。遠方まで仕事にいっています。あの猫ちゃん……」


 「わかってますよ。ここでのこといっさい他言無用。同じような傷を抱えた患者さんの話しは身内や同僚にも話してはいけない決まり。だから安心してください」


 「そうですよね」


 「まさか私がここまで回復してこんなふうに先生の元で働ける日がくるなんて思ってもみませんでした。自分自身でも驚きです」


 「ありがとう。猫ちゃん。私も先生を信頼していますから」


 「鴎ちゃん。絶対に大丈夫よ!」


 猫は会話の距離を縮めた。


 「はい」


 「ほら。これ見て」


 「なんですか?」


 猫は斜めに持っていたまだ青々としている竹箒を小さく掲げた。


 「箒ですよね? でも新しいですね」


 「そうなの。これ竹取の翁さんのところの竹箒なのよ」


 「ああ。翁さんのところの竹細工はよく売れているそうですからね」


 「注文してからしばらく待って数日前にようやく届いたところなのよ」


 「待ちに待った品なんですね?」


 「そうよ」


 猫は一瞬だけ鴎から目を逸らして地面の葉っぱ束に目をやった。

 無言のままでいまだあたりに落ちている葉を竹箒で――ザザっと束に寄せた。


 「猫ちゃん?」


 「鴎ちゃん。私、楽しんでお掃除できるくらいになったんだよ。だから鴎ちゃんもきっと大丈夫だよ!」


 「うん。ありがとう」


 「じゃあ、中へどうぞ」


 「はい」



 囲炉裏の上に吊るされた鉄瓶がシューシューと音を立てている。

 湯気が渇いた部屋を潤していく。

 

 白い着物を纏った白髪の町医者が竹の桶に手を入れ、じゃぶじゃぶと洗う。

 白髪の町医者は首を傾げたあとに右手に手ぬぐいをぐるぐると巻いて、囲炉裏の上で吊るされていた鉄瓶をとり竹の桶に熱湯を注いだ。


 「これくらいかな?」


 白髪の町医者が囲炉裏に鉄瓶を戻してから、ふたたび竹の桶に手を浸してじゃぶじゃぶと洗った。

 

 「うん。ちょうどいい」


 すでに椅子に座っている鴎の前で白髪の町医者も自分の椅子に座った。

 ふたりは向き合った形で座っている。

 

 「いや~やっぱり竹取の翁さんのところの物はいいね」


 「え?」


 「いや、その竹桶のこと」


 「ああ、猫ちゃんも竹箒を喜んで使ってましたよ」


 「そうでしょ。前は別の桶を使ってたんだけど水漏れがひどくてね」


 「そうなんですか?」


 「うん。やっぱり竹取の翁さんのところはどんな物でもしっかり作ってあるよ」


 「やはり腕の良い職人なんですね」


 「だろうね。その竹桶は一滴たりとも水が漏れない」


 白髪の町医者は世間話をしながら鴎の緊張を和らげていく。


 「じゃあ。鴎ちゃん、まっすぐ腕を伸ばして」


 鴎は言われたとおりに右腕を上げた。


 「はい」


 「じゃあ包帯を解くから」


 「お願いします」


 町医者は手際よく鴎の右腕の包帯をくるくると外していった。

 鴎の腕からするすると包帯が垂れていく。

 白い蜷局(とぐろ)の上に帯の最後がストンと落ちる。


 「よし。もうすこしだけ上にあげられる?」


 「はい」


 「うん。それくらい」

 

 町医者はそういったあと、鴎の腕を自分の目線よりもやや高めに上げて鴎の脇側からながめた。

 鴎の腕には星が爆発したような傷跡が残っている。


 「ずいぶんと良くなったね。これなら良い薬草を塗れば傷跡も目立たなくなるよ」


 「いいえ。この傷跡(あと)だけは残しておいてください」


 「え? いいの?」


 「はい」


 「そう。まあ、患者さんの希望ならそうするけど……」


 「すみません」


 「いや、いいの。いいの。鴎ちゃんが今日うちにきたってことは青鬼さんは出張?」


 「はい。そうです。遠方の雪国まで」


 「青鬼さんには言わなくていいの?」


 白髪の町医者は神妙な顔つきになった。


 「はい。傷跡(これ)は青鬼さんと出逢う前の怪我ですし。それに傷跡(これ)があるから私は防人になろうと思ったんです」


 「そうかい。じゃあ、つぎもまた鴎ちゃんの都合のいいときに訪ねてきてね」


 「はい」


 白髪の町医者は――怪我という意味ではもうとっくに治ってるよ。その言葉を飲み込んだ。

 だが、そのセリフがまだ喉につまっているようでさらに胸の奥へと追いやった。

 

 鴎は町医者に新しい包帯を巻いてもらうとまるで新しい服を新調したように上機嫌に診療所をあとにした。


 鴎を案ずる町医者。

 問題は心の傷……でも防人になるなんて強いお嬢さんだ。

 それがあるからこそ民を守ろうと思ったのだろう。

 鴎は青鬼の留守を見計らっては町医者に掛かることがあった。

 青鬼はこのことをいっさい知らない。


 ※


 「つぎのかたどうぞ~」


 「はい」


 一般的な成人男性を二回りほど縮ませたような、小柄なおじいさんが両手をうしろに組んで入ってきた。

 身なりはきれでどこか上品な老人だ。 


 「今日はどうなされましたか?」


 「なかなか眠れない日がつづいてのぅ。こまめに湯浴(ゆあみ)みなどをしてはいるんじゃが」


 「なにかきっかけでも?」


 「えっと……それはじゃな」


 「いいにくいことならご無理なさらずに」


 「いいや。大丈夫じゃ。……うちの飼い犬が酷い目にあわされましてそれから眠れなくなりましてのぅ」


 「そうですか。けれど飼い犬がそんなことになったらさぞお辛いと思います。いまお仕事は?」


 「ただの枯れた木に花を咲かせる仕事じゃよ」


 「ほ~それは立派なお仕事ですね。花は人の心を和ませますから」


 「先生もわかってくれるかい?」


 「はい。まずは楽しいことでも考えて心を落ち着けることからはじめてみませんか? そうすればおのずと眠れるようになるかと……まずは心の内をここで吐き出してください」


 「どんなことをじゃ?」


 「なんでもいいですよ」


 「そうじゃのぅ……。あの、うちには桜の木から産まれた本当の息子のようにかわいがってる子もいたんじゃが」


 「ほうほう」


 「体なんかどっしりとして正義感も強くてのぅ」


 「そうそうその調子です。どんどん話を聞かせてください」


2章【雪原の迷い人】……終わり。

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