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第10話 刀の在り処(ありか)とうそをつく理由

 僕は竹取の翁さんから話を聞き終えてからまた裏山に足を運んだ。

 昨日とは違う視点でこの景色を見ることができる。

 さっそく違和感を覚えた竹を掴んで上に引き抜いてみた。

 竹取の翁さんのいった通り真ん中の竹はぽんと気持ちのいい音が立てて簡単に取れた。


 なるほど、本当にこんなからくりだったんだ。

 前後や左右に揺らす力には強く上に引き抜く力には弱い。

 これじゃあ、いくら前後左右に揺すっても衝撃をぜんぶ受け流してなにも起こらないはずだ。

 この竹細工はたしかに軽くて持ち運びやすいけれど、本物と同じ寸法だから寝かせて置く場所にも工夫が必要だな。


 僕は竹藪の中で障害物になりそうな周囲の竹との隙間の距離を計算して、抜いた竹細工を地面にそっと寝かせた。

 寝かせた竹は空いた空間を一直線に支配した。

 でも、これで大丈夫。


 かぐや姫さんがいたという竹を根元のぞくと中になにかがあった。

 なんだろう?

 僕にはそれが小さな棒のようなものに見えた。

 棒といっても僕が見ているそれは長方形のなにかだ。

 手のひらを(すぼ)めて空洞に手を入れていく。

 中はそれほど深くはない、僕はさらに奥深くに手を忍ばせた。


 指先に触れるなに硬いものがある。

 僕の爪の先がはっきりとなにかの物体をかすめた。

 指先がそれと擦れ合う、も、もうすこしで取れそうだ。

 ああ、またずれたか。

 よし、もう一度指先を伸ばして、いや、ここは半妖の力でも使うか。

 僕は爪の先を自由自在に伸縮させることができる。

 さらにこの鬼の爪の力は何通りかの形に変えることも可能だ。


 おっ、ようやく爪に引っかかった。

 これを竹の内側に寄せ(かぎ)状の爪をすこし上げるとそのままがっちりとそれを掴めそうだ。

 くっ……あとすこしだ。

 よし、手で握ることができた。

 僕はそれを掴んでいっきに引っ張り上げたけれど、その物体はすこし上に浮く感覚のまま途中で引っかかった。

 えっ!? 

 でも、この手にある触感は……。


 「こ、これは……か、刀……?」

 

 僕の手に触れていたのは刀の柄だった。

 刃先はまだ竹の中で地中に刺さっている。

 僕はそのまま力を込めて垂直に腕を振り上げた。

 ようやく、一本の刀が竹の中から引き抜かれた。

 僕はそれを目の前に掲げる。 


 刀ごと竹の中に刺して隠していたということか……。

 この刀はここ最近使用した刀だろう、なぜなら刃先にはそれほど時間の経っていない血痕がある。

 ……ほぼ間違いなく猪さんの血だろう。

 周囲に(さや)がないかを見回したけれど……なさそうだ。

 そこでいま刀を引き抜いた竹にふたたび手を入れてみる。


 この竹の中には鞘と刀を別々にして隠すスペースはない。

 (つば)が邪魔して刀と鞘の二本を隠すことは不可能だからだ。

 かぐや姫さんのいた竹の周りも一本ずつ上に引いてみたけれど抜ける気配はなかった。

 周囲七本すべて両手で掴んで力を込めてみたけれど竹細工の根元は地中深くに埋まっているようでびくともしない。


 竹取の翁さんはたしか――ほかの七本は深く埋めてあるからそんなに揺れもしないじゃろうが。といっていた。


 ほか七本はやはり地中からは簡単に抜けないようだ。

 ならば必然的にそこに鞘は隠せないということになる。 

 ただ鞘を横にして土に埋めることはできる。

 だがこの広い竹藪でそれを探すのは困難だ、その場合僕だけで鞘を探すことは無理か。

 いまはこの状況だけに専念しよう。


 この刀をここに隠したの人物は十中八九猪さんを刺した犯人だろう。

 ならばこのからくりを知っている者が犯人ということになる……とはいえこれを知ってるのは竹取の翁さんだけ……犯人は竹取の翁さんか……と、思うけれど……事態はそんな簡単ではない気がする。


 大っぴらにのこの情報を僕に提供してくれたのは竹取の翁さんだ。

 それに大事なひとり娘の祝言が決まるかもしれないこの時期にそんなことをするだろうか?

 逆に誰かに弱みを握られているとか?

 それが猪さんだったということもなくはない。

 ほかに容疑者になりそうな人物。

 しまった、そこまで範囲を広げると際限がなくなってしまう。


 竹取の翁さんは著名な竹細工作家……う~ん、いちおう重要参考人として警戒はしておこう。

 は~、すこしいき詰まってきたな。

 ここは思考の方向性を変えて喜作くんがなぜうそついたのかを調べよう。

 頭をほぐせば新しい捜査の道が拓けることもある。

 そんなことはいままでなんどもあった。

 よし、子どもたちのほうの捜査に切り替えてみよう。


 昨日、鴎は深夜になって子どもたちの情報を持ってきた。

 もう小屋には戻らずそのまま直帰(ちょっき)すると思っていたのだけれど……やっぱり僕の相棒は仕事熱心だった。

 源太くん、喜作くん、茂吉くんに不審な点はなかった。

 ただ忠之助くんだけは『甘露屋』の跡取りということもあり昨日だけでは調べきれず、現在も鴎が鋭意(えいい)調査中だ。


 喜作くんが見たといっていた存在しないはずの謎の男。

 人相書(にんそうが)きを持ってもういちど調べてみよう。

 これは喜作くんの親御さんにも一緒に立ち会ってもらったほうがいいな。

 まずはこの刀の証拠品保存のためにいったん小屋に戻ろう。



――――――――――――

――――――

―――


 小屋の床に茣蓙(ござ)を敷いて、そこに刀を置き刀の端から包んでいく。

 これで梱包(こんぽう)は完了だ。

 証拠の保存はこれでいい。


 ――もじゃもじゃ髭の生えた男だった。


 ――背が大きい男だった。


 ――服が汚れていた。


 そのあとは喜作くんの証言をもとに人相書きを作成だ。

 試行錯誤を繰り返し人相書きの作成に小一時間の時間を要してしまった。

 腕に覚えはあるほうではないけれど、まあ、なかなかのできだろう。

 すくない情報でよく、ここまで描けたなと自画自賛(じがじさん)する。

 僕はそれを手にして町の大通りへと向かう。



 (とう)に分かれた華やかな地域の一画(いっかく)に喜作くんの家はあった。

 つまり喜作くんは町の繁華街に住んでいるということだ。

 この繁華街の中でもさらに人でごった返すところに『甘露屋』がある。

 人通りの多いここは活気ですごい。

 中には出稼ぎにきているらしい人やよそからきているような翁なども見受けられた。 

 様々な人がゆきかっているな、いったい一日で何人の民がここを通るのだろう?


 民はおのずと繁華街に集まるため民からの投書を受ける目安箱めやすばこをここに置いている。

 僕らはそれで民の意見を知ることができる。

 目安箱の回収日までまだ日はある。

 つぎはどんな意見がきけるのか楽しみだ。

 僕はたんたんと町をいく。

 突き当りの角を右に曲がると喜作くんの家が見えてきた。



 「喜作くん。僕は犯人を捜すために人相書きを手配しなきゃいけないんだ。だからもういちど話を訊かせてもらえないかな?」


 喜作くんの母親に喜作くんが事件の重要な手がかりを握っていることを伝えて、僕はいま三者で話をしている。


 「ほら。喜作。青鬼さんがそういってるんだから。民として協力しなさい」


 母親はずいぶんときつい人のようだ。

 喜作くんが委縮してしまっている。


 「ちなみに現段階の人相書きがこれなんですけれど」


 「青鬼さんなんだいこれ? じゃがいもかい?」


 じゃ、じゃがいも……!?

 ぼ、僕の精一杯の画力が。


 「い、いえ、これは怪しい男の人相書きです」


 「えー、これはどう見てもじゃがいもだよ~」


 ※


 僕はなぜだが喜作くんの母親に人相書きについて責めらてしまった……。

 僕が作成した人相書きをもとにさらにそこに手を加えてもっと本格的な人相書きを作ろうと思ったのだけれどどうやらダメそうだ。

 僕は絵を(あき)めて、また文字でメモをとることにした。


 「その、もじゃもじゃ髭の男はどんな人だったのかな?」


 「えっと、えっと」


 喜作くんは肩をすくめるやはり返答は曖昧だな。

 しきりに母親を見ている、……ん、また見た。

 喜作くんはチラチラと何度も母親に目をやっている。

 これは顔色をうかがっているということだ。

 喜作くんはモゴモゴとなにかをいおうとしているけれど、いいたい言葉がみつからないようだった。

 いや、いいたい言葉はあるけれど、それをいわずになにか別のいいかたを探っているのかもしれない。 


 「喜作。あんたはっきりいいなさいよ」


 母親の口調がついに怒り声に変わった。

 これは喜作くんが、亀さんをいじめていたことを知ったらただじゃすまないだろうな。

 やはり僕の中に留めておいてよかった。


 「み、見てない」


 「喜作。じゃあなんで見たなんていったのよ。もう~」


 喜作くんの母親は落胆ともとれる溜息をつき額に手を当てて呆れた。

 その手はやがて頭にいきなんども周回(しゅうかい)している。

 お手上げといったところか。

 子どもに寄せていた期待が(つい)えたとすぐにわかった。


 「うそだから」


 喜作くんがぼそっという。


 「うそ?」


 母親は喜作くんの顔を自分のほうへと向けさせた。


 「喜作はっきりいいなさい!?」


 「みんなに褒めてもらいたかったから。事件が解決できたら褒めてもらえるから」


 喜作くんはいまにも泣きだしそうだ。

 そうか、喜作くんは褒められたくてうそをついたのか。

 ふだんから母親に褒められることがないから……そういうことだろう。


 もし喜作くんが今回の事件解決に一役買ったとなれば、きっとこの母親は喜作くんを褒めるだろう。

 ――よくやったね、と。

 周囲からも賛辞を浴びることだろう。

 喜作くんの母親は僕に平謝りしてきた。


 ――青鬼さん、すまないねぇ。


 でも、僕は喜作くんの母親にいった。

 猪さんの事件は第一発見者として喜作くんたち(・・・・・・)のお手柄だったと。

 それに友人(かん)での喜作くんの立場も関係ありそうだ。

 リーダーは源太くん、二番手が喜作くん、それこそが今回のうそに繋がったようにも思える。


 なにかがあった場合グループでの手柄はきっとリーダーである源太くんに集中するはずだ。

 かたや茂吉くんのように三番手なら、ここまで思いつめることもなかったんじゃないだろうか。

 上と下の板挟み、上は褒められ、下はそんなことに執着はない。

 補助的な立場だからこそこうなってしまったのではないか。


 「お母さん。喜作くんを褒めてあげてください。防人に事件を知らせたのはまぎれもなく喜作くんですから」


 「えっ、あっ、は、はい……」


 僕は喜作くんの母親に目で合図を送る。


 ――ああ!

 

 喜作くんの母親は僕がいわんとすることをようやく理解してくれたようだ。


 「まさかうちの子がね~喜作よくやった。偉いよ!」


 「うん」


 終始顔をしかめていた喜作くんにも、わずかながら笑みが戻ってきた。

 子どもであっても承認欲求はあるものだ。

 これで事件はふりだしか。

 猪さんが亡くなっていた、あの場所あの竹藪にはやはり誰もいなかったということになる。


 いや、考えかたを変えれば喜作くんのうそ(・・)という証言で怪しい人物がいた可能性を潰せたんだ。

 それでいいじゃないか。

 それで充分だ。


 竹藪に足跡がなかったことからもここ数日で竹藪に入った者はいないことになる。

 だとすればやはり竹藪のカラクリを知っているほかの人物か?

 竹取の翁さんも重要参考人だけれど、それ以外の人物も視野に入れて捜してみようか。 

 かぐや姫さんのいた竹の中に血のついた刀があったのはまぎれもない事実なのだから誰かが意図的に隠したことは間違いない。

 それはいったい誰だ?



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