第8話
街道に出てディーンも街の住民も安心しきっていたんだろう。
彼らは遠くから旗を掲げやって来る黒髪の集団を見逃した。
「グロ―ル人だ! おいこっちに向かってくるぞ!」
「クソ、しくじった! お前等起きろ!」
ディーンは急いで休息をとっている住民達を叩き起こし逃がす。
だが彼らが逃げるためにはある程度の時間稼ぎは必要になってくるだろう。
「戦える奴は俺と一緒に迎撃の準備だ! 槍を突き出したまま後退し続けろ! 後ろに行かせないように威嚇するだけでいい!」
「あ、ああ分かったよこん畜生!」
「腐っても壁の番人だ、やってやる!」
ディーンの呼びかけに何人かの男達は武器を手にディーンと共に戦ってくれることになった。
向かってくるグロ―ル人の数はおよそ30人ばかり、圧倒的な差があるわけではないものの全員が騎馬に騎乗しており、下手をすれば馬蹄で踏み散らされて逃げようとしている街の住民も殺されてしまう。
だが退くことは出来なかった、折角生き残った彼らの命を散らせるわけにはいかない、そう思ったディーン達は覚悟を決める。
「ん? いやちょっと待て。あれは……」
隣で槍を構えていた急に構えようとしていた槍を戻した。
「よし槍を突き出して」
「いや待てよディーンの旦那。ありゃ領主様の旗だ。いつも自慢の為に護衛に持たせてるからよく知ってる」
ディーンの肩をポンポンと叩きながら、男は語る。
気の抜けた声にディーンも思わず警戒を解いて向かってくる集団に目を向ける。
遠目で分かりずらいが黒髪に蒼の瞳を持った男達の集団、鎖帷子と槍を装備した騎兵達。
掲げているのは緑の地に馬が描かれた旗。
「ベネディクト・リー・グロリア……伯爵様だ。ようやく助けに来てくれたんだ」
「やっとか……」
ディーン達は心の中で毒づきながらもこちらに向かってくる伯爵の兵士達に感謝した。
「無事だったかよかった! 街の方に向かってみればあったのは焼けた家と血と死体だけでな。よもや全滅させられたかと思ったぞ。誰も助けられなかったかと」
そう言ってくるのはでっぷりと太った金髪に青い瞳の男。
白馬に乗り槍を持ってはいるものの馬がよろよろとしていた。
彼こそがこの地、かつてグロ―ルと呼ばれていた土地を治める伯爵、ベネディクト・リー・グロリアその人であった。
最初ディーンがベネディクトの姿を見た時、鎧を着こんだ白豚に見えた、威厳も糞もあった物ではない。
「ベネディクト様、まずはお礼を。我らの命を救っていただき感謝します」
「うむ」
「それでお聞きしたいことがあるのですが……街は……?」
街に元々居た住民達を代表してディーンはベネディクトに尋ねるが、彼は渋い顔をして俯いた。
「……酷い有様だった。レント人はあらゆる方法で殺され、吊るされ、赤子すら容赦なく」
「もう結構です。結構ですので」
聞くに堪えない。
「だから正直諦めていたのだが、お前達だけでも生きていてくれた。よかった」
「我々はこれからどうすれば良いでしょう?」
「ひとまずは我が城の城下町に来るといい。もっと大所帯だったなら駄目だったがこれだけならば十分救える」