第7話
一方ディーン達は、壁の外へと出ていった街の住民達は近くの森の中に身を潜めて休息をとっていた。
領主が異変に気が付いてやってきてくれるまでの辛抱だと不安がる子供達に言い聞かせ、はぐれた家族を探しに街へ戻ろうとしている人々をなだめる。
「怖かったか坊主? 小便漏らしたか?」
ディーンは手に入れた槍を担ぎながら周囲を見回り、時折不安がる人に声をかけて励ましていた。
今は母親に抱き抱えられたまま泣いている男の子に声をかけている。
といってもディーンはこういうことに関して経験が殆どない、慰めるのも不器用だったが。
「アンタのお陰で助かったよ。強いんだね」
「……まぁな」
母親にそう褒められはしたものの、ディーンの心中は複雑。
自分がかつて守っていグロ―ル人を殺して、敵だったレント人を守った。
裏切り者と謗られもした。
「ありがとう。アンタは良いグロ―ル人だ」
母親の言葉に、ディーンは皺まみれの顔にさらに皺を作りこう返した。
「グロ―ル人だって悪い人間ばかりじゃないんだ。……さてそろそろ休憩は終わりだ。行こう」
「もう? せめて夜が明けてからにしても……」
「闇に紛れて出来る限り遠くまで行きたいんだ。壁を抜けるまでは少数のグロ―ル人に見つかっただけだからどうにかなった。だけどあれが100や200なら俺でも守り抜ける自信はない」
ディーンの言葉に母親は俯きながら頷いた。
「よし、出発しよう」
ディーン達が出発し暫く時間が経った。
少しづつ明るくなっていく森の中を月明かりだけを頼りに歩いてきたがそれもどうやら終わりのよう。
「急ごう。明るくなってこっちの居所がばれたらまずい」
「アンタ、体力、あるな、おれたちゃ息切れが」
ディーンの隣を歩いている男が息切れをおこしながらそう語った。
あの街に住んでいる住民は外の街や村から素材を買い入れて加工し物売りをしているだけの人が多い
──専門的に鍛えてるわけでもない奴等ならこうなるのも当然か。
「この森を抜けたら隣町に行くための街道に出る、それまでは我慢してくれ」
「あい、よ」
周囲に気を配り小枝を踏み散らしながら一歩、また一歩と歩みを進めていくディーン達。
太陽も登り始め、朝日が森の中を照らし出した頃、開けた場所が見えてきた。
「ああ、見ろ。そろそろ出るぞ」
街から出てほぼ一夜丸々歩き詰め、それなりに距離も稼いだはずだった。
道に出れば多少休息も取れる。
「誰も居ないみたいだ。良かった」
「やっと休憩ね……ちょっと寝たいわ」
ディーンの隣で子供を降ろした母親が安堵の言葉を漏らす。
この道をさらに西へと進めば領主のいる城にたどり着ける。
「これからどうするんだ? えーと……ディーンの旦那」
「領主の城へ向かう。領主に匿ってもらえれば多少はマシな生活が送れるかもしれん」
「そうか、ならもうひと踏ん張りだな」
「ああ」
その場にへたり込んでディーンは笑った。
──俺もまだまだ体力があると思ってたが、歳かな。疲れる。
かたかたと今更になって震えだすディーンの両手、それを見ながら老いを感じていた。
昔ならばこの倍は走り続けても何ともなかった、昔ならばこの倍は戦っても何ともなかった。
……昔ならば何人殺しても何とも思わなかったのに。
「ディーン、アンタ……」
「ん? どうした?」
「……いいや何でもない」
隣で座っていた男だけが気が付いていた、ディーンの蒼い瞳から流れる涙に。