第2話
鎧の男についていった結果、たどり着いた場所は大通りから外れた細い裏路地にある古びた安宿だった。
二階建ての煉瓦造り、看板には『黒猫亭』と書かれている。
「ここです」
「誰が居るってんだ? お前等の頭か?」
ずっとディーンの後ろをついてきた男達に向かって尋ねるも、男達は話しそうとしない。
「こちらです、どうぞ」
「一体なんだってんだ?」
安宿に入っていくとまず目に入ったのは痩せぎすな宿の店主、埃っぽい広間の長椅子には女性が1人座っている。
陶磁器のような白い肌と流れるような黒髪、そして蒼い瞳は思わず目を奪われるほど美しい。
深い蒼のドレスを着ていてこんな安宿には全く似合わない女性だった。
「ご紹介を、我等グロール王国の女王、キーヴァ・カヴァナー陛下です」
「は?」
鎧の男にそう紹介され、ディーンは理解が追い付かず間抜けな声が漏れた。
──グロールの女王?聞いたこともない。第一グロールの王族は20年前に全員殺されたはずだろう?
目の前にいる女性、キーヴァは確かに気品と慈愛に満ちた表情で王族と言われても納得は出来そうだが……それにしても色々とおかしい。
「このお嬢さんが女王? そんなバカなことがあるか。20年前、王族は全員レント兵の手で殺されたか処刑されてる。いるはずがない」
ディーンのこの発言に、鎧の男とその取り巻き達は眉をひそめ懐に手を伸ばしている。
恐らくは短剣か何かを仕込んでいるのだろう、それを手に今にも斬りかかってきそうな雰囲気を醸し出している。
「ディーン殿、口のききかたに──」
「良いのです。オーエン。何も知らない方ならそう思っても無理はありません」
キーヴァの穏やかな言葉に、その場にいた全員は渋々怒気をおさめた。
「ディーンさん……それとも『不落のディーン』とお呼びしたほうがよろしかったでしょうか?」
「なんで俺の……いやもういい、好きにしなよ」
「ではディーンさんで。さてお話したいことは沢山あるんですが……何から話しましょうか……」
うーん、と考え込むキーヴァ。
しばらく額を抑えて考え、考えて……
「ひとまずそちらにかけてくださいな、ゆっくりお酒でも飲みながらお話しましょう」
穏やかな笑顔で、キーヴァはそう言った。
日が暮れ外が暗くなった辺りで安宿の店主は松明を広間にかけていく。
ゆらゆら揺れる橙色の火を見ながら、ディーンとキーヴァは酒を飲み交わす。
「やっぱり故国のお酒は最高ですね。葡萄酒はこれに限ります」
キーヴァは上機嫌に鎧の男に持ってこさせた酒をお互いの杯に入れてゆっくりと飲んでいく。
ディーンも口を付けてみるがさして美味くも無い酒、よくもこんな美味そうに飲めるものだと感心した。
「私は好きなものは沢山あるんですが、これと一緒にグロールの南で作られる羊の──」
「すまないが本題に入ってくれないか? 俺もそこまで時間がない」
ああそうでした、キーヴァはそう言って杯を置いてにこやかな表情で話を始めた。
「まずは私の出身からですね。私は20年前に起きたレントとの戦争中に生まれたんです。まぁその時は生まれたての赤子だったんですけどね」
「ふむ、で? アンタが王族だという証拠は?」
「これでは不満ですか?」
キーヴァは長椅子の下から麻袋を取り出し、中身を見せた。
そして中に入っていた物を見て、ディーンは眉をひそめる。
「王冠……か? グロールの王族の物だとしたらそれは行方不明になってたはずだが」
キーヴァが見せてきたのは金に緑柱石がちりばめられた王冠、精緻な細工も施されていてかなりの値打ちものであることは間違いなさそうだ。
「……まだアンタがどこかでたまたま拾った可能性もあるが、一旦置いておこう。アンタはなんの為に俺を呼んだんだ? なんで俺のことを知ってた?」
「まずはなぜ知っていたかですが。我がグロールの英雄ですもの、知っていて当然。それと何故呼んだかですが──」
キーヴァはなんのことでもないようにこう続けた。
「このレント王国を滅ぼし、グロール王国を取り戻すためですよ」
彼女の言葉と共に、大通りから怒号と悲鳴が聞こえてきた。