第1話
20年後……
人で賑わう大通りに、彼は居た。
「はいよ、一杯。おいそこ、椀をがめるな!」
陶製の椀を持って帰ろうとした客をたしなめ大鍋の中に入った麦粥をかき混ぜるのは白髪が混じって歳をとったディーン。
顔の皺もかなり増え、筋肉もやや落ちてはいるがその蒼い瞳だけは昔と何も変わっていない。
「おいおっさん! 金多めに出すから大盛りでたのむ!」
「あいよ」
「はやくくれ! 腹減ってるんだ」
「へいへい」
グロ―ルとの戦争が終わって20年、最初の2年はグロ―ル軍の残党と一緒に反乱も起こしたが、ここ15年ほどは穏やかなもの。
グロ―ル王家の人間は処刑され国は消滅、市民達も最初のうちは苦しい生活を送っていたが現在は同じ太陽の下でお互い仲良くやっている。
ディーンも石畳の大通りで露店をかまえ大釜1つで軽食を作る、そんな生活を10年は続けているが、特に問題はない。
最大の敵は雨と税金をとってくる役人、最大の味方は金を出してくれるレント王国の人間と晴天だ。
今日は味方が両方そろっている。
「やぁどうも」
ぼーっと大鍋の粥を混ぜているとディーンの店に変な客が来た。
乾燥した海藻のような黒い縮れ毛と気弱そうな顔、傷だらけの鉄鎧を着込んだ中年男で兜は脱いでいる。
──いるだけで周りの人間を貧乏にしそうな顔してるな。しかしなんで鎧なんて着てるんだ?
戦場でもないのに明らかに場違いなその男を見て、他の客もヒソヒソと何事かと話しはじめた。
「粥なら3リルだ。無けりゃ帰んな」
こんな男のせいで客が逃げてしまったら商売が成り立たない、ディーンは語気を少し強くして言った。
「お金ならあります。ほら」
男はディーンに銅貨を渡した。
だが少し気になる点が1つ。
──グロール王国のカナール銅貨? なんでこんなもんもってるんだこいつ。
男が差し出してきたのはその昔グロ―ル王国で使われていた銅貨、今となってはもう殆ど残っていない銅貨なはずだが……
「どうしたんです? 粥をくれませんか?」
「……ああ、すまんすまん」
金は金、ディーンは訝しみながらも金を受け取り、粥を男に渡した。
その日の夕暮れ時……
「…………」
大通りは徐々に人通りが少なくなりディーンの露店もそろそろ店じまい。
なのだが。
「ああもうお前は何がしたいんだよ!」
怒りに任せて鍋をかき混ぜていたおたまを投げそうになった。
「…………」
昼間来た鎧の男が少し離れた場所からディーンを見ていたのだ。
いや、監視していたというほうが正しいだろう、昼間から今に至るまでずっとディーンを見ていたのだから。
周囲の人間も最初のうちは避けていたものの、最終的には慣れて気にしなくなった。
が、見られているディーンとしてはたまったものじゃない。
「金を貸してほしいのか? それとも飯を恵んでほしいのか? はたまた雇ってほしいのか? どれなんだ? 正直言ってどれもお断りするがね」
早口で怒鳴るが、気弱そうな見た目に反して鎧の男は意外に動じない。
「貴方の仕事が終わるのを待っていたんですよ」
「待ってどうする? 俺と決闘でもするつもりだったのか?」
「いいえ、貴方にぜひともお会いしてほしい人が居るのです」
──俺に会わせたい人? だれだ?
ディーンも思考を巡らせてみるが思い当たる人物がいない。
「ご同行願えますか?」
「冗談じゃないね。これから材料の仕入れやらなんやらあるんだ。それにお前さんみたいなきな臭い奴と誰が一緒に行くか……ん?」
そこまで言ってディーンは気が付いた。
ディーンを見ているのはこの鎧の男だけじゃない。
周りを取り囲むように複数人の男達がディーンを睨んでいた。
「……ご同行、願えますね?」
「ッチ。ああ分かったよ。行けばいいんだろ?」
いざとなれば殴り倒して脱出しよう。
ディーンはそう考えながら鎧の男に案内されるままついていった。