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誤字報告ありがとうございます。

 木陰から人が数人出てきた。盗賊の言ったとおり相当離れている場所だ。あんなに遠くから的確に盗賊の心臓を射貫いていたなんてすごい人達だ。しかも馬上からだ。


屈強な人の中に私と同じ歳ぐらいの青年がいた。

「大丈夫ですか?」

青年が私に声をかけてきた。助けて貰ったから過大評価かもしれないが、感じのいい人だ。


「はい。助けていただきありがとうございます」


「礼はいいですよ。やつらは金次第でなんでもするここいらでは有名な札付きの夜盗です。女性が一人でこんな場所にいてはいけない」


 あ!胸がはだけているのを忘れてた。恥ずかしい。


「これを着てください」


 青年が自分の着ていた上着をかけてくれた。


「すみません。このあたりは初めて訪れたので知りませんでした。教えてくださりありがとうございます。私はナディアと言います。お名前を教えていただけますか?」


「僕かい?ダニエル・クロワゼという風来坊だよ。このあたりの獅子を追いかけていたらあなたが夜盗に襲われていたので、我慢できずに手を出してしまいました」


「お礼をしたいのですが、見たとおりこのカバン以外何も持ち合わせていません。わずかですがお金でよろしければこれをお受け取りください」

私はカバンから布袋に入ったお金を出してダニエル青年に差し出した。


「命を助けてもらった代金にしてはあまりにも少ないですが、私の全財産です」


「心配しなくてもお礼などいらないよ。それにその服装ではまずいでしょう。僕の家においでよ。お風呂ぐらいあるよ」


「私のような者がいいのですか?」


「もちろんだよ。君のことも知りたいしね」


 私は青年の邸宅に行くことにした。


「あの夜盗は金を貰って人殺しをするんだ。君も誰かに命を狙われたんだね」


 きっとジョルジュが言っているようにヨセフィン母さんだろう。そういう面は確かにあった。青年は私を馬上に乗せてくれた。草原を歩いていたので馬での移動は楽だ。


 しばらく青年の後ろでうとうとしていると、

「屋敷に着いたよ!起きて!」


「あ!ごめんなさい。うっかり寝てしまったわ!」


「無理ないよ。あんな怖い目にあったんだから、疲れがどっと出たんだよ」


 私は目の前のことが理解できなかった。

 フィリップ子爵邸など問題にならない建物が(そび)えていた。たとえるならば目の前の家はお城で、フィリップ子爵邸は馬小屋以下だった。


 ダニエルはダンテ・クロワゼ侯爵の長男だった。


 私はすぐに風呂に案内された。1日中草原をうろついていたから汗もかいたし、服も汚れた。それにその服も裂かれてもう使えない。


 風呂から上がると新品の絹の下着に真っ白なドレスが用意されていた。どちらも超高級品だ。それに3人のメイドが着せ替えてくれた。お風呂にも体を洗ってくれるメイドがいたのだが恥ずかしいと言って断った。子爵邸のときもお風呂にはメイドが一人いたが、私は断っていた。恥ずかしいというより、お風呂は一人で入りたかった。


 風呂上がりにゆったりしていると、侯爵邸の執事が私を食卓に案内してくれた。


「おおーー!こ、これは……き、綺麗な方ですな」


 初老の男性が私を見て声を掛けてくれたが、なぜか驚いているようだ。それに私とは初対面のはずなのになぜか目が潤んでいる。


「初めまして。ナディアといいます。このたびは助けていただきありがとうございます。それにこんなによくしていただきお礼のしようもありません」


「事情は聞きました。怖かったでしょう。気にせず、ここでゆっくり過ごしてください」


「いいのですか?」


「もちろんいいですとも。それに何やら息子があなたを気に入ったようです」


「え!私はただのナディアですよ。貴族ではありません」


「聞いてます。それに遠目ですがあなたを見かけたことがある。たしか去年の秋でしたかな。川で溺れていた子を助けていたでしょ。見てましたよ。あのときアドルフ・フィリップ子爵が平民の子に触れるなと、あなたを叱っていたのをよく憶えてます。たしかナディア・フィリップさんですよね」


「ええ、すこし前まではそうでしたが、私は拾い子でしたからフィリップ家とは今後関係ないと追い出されました」


「それはお気の毒だ。ここでゆっくりされるといいですよ。何も心配する必要はありません」


(そうだ、この方ならばジョルジュがくれた手紙を渡す相手を知っているかも知れない)


「あのう~、ミシェルという方をご存知ないでしょうか?」


「そうですな、心当たりはありますが、ミシェルという名はたくさんいますからな。ほかに手がかりとなるものが何かないですか?」


 (ジョルジュから預かった手紙を見せよう。何かわかるかもしれない)


「まだ見てないので何が書いてあるか知らないのですが、この手紙をミシェル様に渡すといいと執事のジョルジュに言われました」


 手紙を渡すとダンテ・クロワゼ侯爵は、涙を流しながら

「16年間苦労されたのですね。これからはもう安心してください。それにあなたさえよければ息子の嫁にどうですか?あなたより1つ年上だが息子もあなたを気に入ってるようです。だがあなたは息子にはもったいないかもしれませんね。

 私の正式名はダンテ・ミシェル・クロワゼといいます。その手紙の主です。それに手紙に書いてあるペンダントに心当たりがあります。見せていただけますか?」


 「はい。風呂上がりに初めてかけてみましたが、これでよろしいでしょうか」


 ダンテ侯爵は私の顔を直視したあと、まじまじと胸元のペンダント見ている。位置的に少し恥ずかしい。


 「おっと!うら若き女性の胸をじっと見てしまいました。失礼しました。いい宝石を使ってある。それに一流のデザインだ。申し訳ありませんが裏側を見せていただけませんか?」

私は首から下げていたペンダントを手に取り、裏面をダンテ侯爵の目元に置いた。


 あれ?ペンダントの反射光が眩しかったかな?ダンテ侯爵の目から涙が数滴落ちた。


 「こ、これは、やはり……。確約はできませんが、たぶんペンダントの送り主を特定できると思います。早急に確かめてまいりましょう。大事な物でしょうがそのペンダントを預かることはできますか?」


「あ、はい。お願いします」


 この方ならば信用できそうだ。私が何者か知ることができるかもしれない。


 翌日ダンテ様は供を数名伴い出て行かれた。


 私はダニエルに領地を案内してもらい、充実した日々を送ることができた。それに彼はやさしい。顔はどうでもいいが、美形だ。


 まだ数日しか経っていないが、彼とは前からずっと一緒にいるような気がする。


 ダニエルが護衛の人たちに待っているように言いつけて浜辺に向かった。

 二人とも素足になって砂浜を歩いている。さざ波が唄っているようだ。

 

 ダニエルが私の手を握ってきた。悪い気はしない。二人は手を繋いで海に向かって歩いた。膝まで浸かったころに、私の方を向いて、両手を繋いで、私を見ている。彼の心臓が聞こえてくるようだ。私の心臓の音も彼に聞こえているかもしれない。


「僕はこれまで貴族の子はあまり好きではなかったんだ。僕ではなく僕の継ぐであろう地位に寄ってくるのが嫌だった。だけど君はそんなことを思わせない。僕はナディアと老いても一緒にいたい。結婚してくれないか!?」


「えーーー!他の貴族に馬鹿にされるよ。私は親もいないし、家もないよ。それに捨て子だよ。それでもいいの?」


「そんなこと関係ないよ。僕が好きなのは子爵の子ではない。ナディアという女性だ」


「うれしい!」


「それは?いいという意味かい?」


「うん。一緒に老いていこうね」


「やったぞ!!父さんにすぐに報告しないといけない。あ、そうか。王城に行ってるんだった」


「え!王城に行かれたのですか?」


「うん、なんか心当たりの人が王城にいるらしいんだ」


「そうなんだ。門番さんかな?騎士さんかな?それとも宰相さんだったりして。これは冗談だけどね」


 侯爵邸に戻ったが、ダンテ・クロワゼ侯爵様はまだ帰っていなかった。


「もう2週間になるよ。今回は長いな?こんなに長く王城にいたことはないよ」


 結婚の申込みを受けて嬉しいはずなのに、帰ってこないダンテ侯爵のことが気になり、不安になってきた。



◆ダニエル・クロワゼ視点◆

 

 今日はついてない。何頭か獅子を見つけたが気配に気づかれて逃げられる。元将軍の執事のバルンが僕の方を向いて笑いながら語った。


「若様、そんなにイライラしていたら気配を感づかれますわい。もっと自然と一体にならないと狩りはできませんぞ」


「それはわかっているが、どうしても気持ちが先に立って、我慢できないんだ」


「よい伴侶がいて家庭を持てば落ち着きますぞ。儂のように」


「そんな人がいればいいけどね。なんか僕のまわりには有象無象しかいないよ」


「それはしょうがありませんわい。いまどき天使のような貴族はいませんわい。おっと、若様このあたりは街に近いのでもう獅子はいませんぞ。そろそろ戻りませんか?それとも街に行って女でも抱きますかな?」


「そんなことはしない!」


「ははは、冗談です。では帰りましょう」


「ちょっと待って!!砂煙が上がっている。あれは夜盗だぞ」


「ははは、あれは軍に任せましょう。私は早く帰ってコックに狩ったウサギを渡さないといけません」


「そうだね。ん!いや、人がいるぞ。それも女性のようだ。危ない」


 馬を飛ばすか?いや、それでは間に合わない。


「バルンあいつらを殺せ!」


「承知」


 さすがこの国の5指に入る弓の名手だ。この距離から次々と夜盗を射貫いている。


「バビル、あの女性のところまで行くぞ。この辺を一人で歩くなんてバカのする所業だ。注意してくる」


 長い金髪が風になびいている。

 近づく僕の方を向いて頭を下げた。仕草がとても美しい。注意しようと思ったが、どうもこの地域の人ではないようだ。それに少し足も痛そうだ。


 女性はナディアと名乗った。ほんのり紅潮した顔がかわいい。このあたりのことを何も知らないようだ。

 女性の胸から出ているものが見えてしまった。小さいときからメイドと一緒にお風呂に入っていたから女性の乳を見てもドキドキすることなどなかったが、どうしたんだろう。僕の胸が痛い。

 僕はどうしてしまったんだろうか。女性の顔を直視できない。


 バルンが僕の耳元で呟いた。


「若様にもやっと春がきましたな。いや、これはめでたい。はははは……」


「お前今は夏だぞ」


 ナディアを僕の背に乗せたのは失敗だった。寝ているようだが、胸が当たって、気になる。いや本当のことをいうと、うれしい。これまで何人も乗せてきたけどそんなことは思ったことがない。このまま時間が止まればいい。


 父が手紙を見て泣いていた。僕は父が涙を流すのを見たことがない。そういえば昨年父から聞いたことがある。『昔護衛していた人にそっくりな子を見かけたから気になってみていたらフィリップの子だった。もしやと思ったが他人のそら似だった。

 儂は今でも後悔している。その方は子供が生まれて里帰りされたのだが儂に『たまにはあなたも親孝行しなさい』と言って他の者に護衛をさせて帰られた。それが無残な結果となってしまった。あの頃はまだ世情が安定していなかった。もっと注意するべきだった』

そう言った父は目を潤ませていたが泣いてはいない。武人だから堪えていた。


 父が王都に行くという。これまでになく真剣なまなざしだ。いや覚悟さえ感じる。僕も覚悟ができた。告白しよう。











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