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(3)

 「どうしてこうなったんだろう」と思わず遠い目をしてしまう。


 特に近頃はそのように思う機会が多いような気がする。ガーネットとの同居だって、そうだ。占術の結果とはわかっていても、やはり「どうしてこうなったんだろう」と思わざるを得ない。


 わたしはもう一度心の中で「どうしてこんなことに……」とつぶやきつつ、小さくため息をついた。


「ローザ!」


 あわてた様子のガーネットの声が聞こえて、次いでわたしの目が彼の姿を捉える。


 ガーネットを見ると、複雑な気持ちが湧き上がるのは前々からそうだった。つまり、彼の「運命の相手」になる前からそうだったという話だ。


 今はそこに気まずさやうしろめたさ、叱られやしないかと、ガーネットの態度を恐れる気持ちが加わっている。


 なにせ、わたしが今いる場所が場所だ。


「びっくりした。警察署にいるって聞いたから」


 そう、わたしは今警察署の中にいる。


 もちろん、わたしがなにか悪いことをしたわけではない。ただ事件に巻き込まれただけだ。


 そして右の足首をひどくくじいた。


 警察署は病院ではないから松葉杖なんてないし、事件に巻き込まれたあととあっては、だれか親しいひとに迎えにきてもらったほうがいいと強く言われて、わたしは渋々ガーネットに連絡を取った。


 ガーネットは肩を大きく揺らして、息を切らせている。連絡を受け取ってすぐに警察署までそれこそ飛ぶ勢いできてくれたのだろうということは、すぐにわかった。


 電話越しではあったけれども、口頭で大まかな成り行きは説明してある。それでもガーネットは急いできてくれたのだ。それが、じんわりとうれしい。


 けれどもやはり申し訳なさのほうが先に立つ。ガーネットの気を無駄に揉ませたことはたしかだからだ。


 始まりはなんてことない、迷子を捜してくれないかという話だった。


 近所に住む女の子の姿が見えないとかで、正確には迷子ではないだろうが、困っているので助けて欲しいと乞われては、断るほうがよほど面倒だろう。


 ましてやわたしはこれでも一応占術を習う学生だ。近所のひとももちろんそのことを知っていたから、わたしに頼んできた理由はすぐにわかった。


 とは言え、イヤイヤやったというわけではない。他人との距離が近い田舎育ちということもあって、こういう付き合いはわたしにとっては苦痛ではなかった。


 ただ、ガーネットと違って半人前の占術師であるわたしがどれほどの役に立てるのかは未知数だった。


 わたしの目は昼でも星を捉えられる、星見の目をしていた。その日の体調は万全だったし、星々の輝きからわたしは女の子の居場所を知ることができた。それはとても幸運なことだった。


 女の子は人さらいに拉致されて、ある場所に監禁されていた。さすがにそこまで星を見ていなかったわたしは困惑したし、続く騒動で足首を思い切りくじいた。――そういうわけで、今警察署にいる。


 ガーネットを前にして改めてその経緯を順序だてて話せば、ガーネットはちょっと目を丸くしたあと、小さいため息をついた。


 わたしはそんなガーネットを見て、怒られるのかなと身構える。


 でも、仕方がないじゃない。占術で術者自身の運命を見ることはできないのだから、この怪我はどうやったってわたしには予測できなかったものだ。


 そんな言い訳をする準備をしていたが、ガーネットから出てきた言葉はわたしの予想から外れていた。


「タクシーでここまできたから、帰りもそうしよう。それで途中で医者に寄ろう」

「う、うん……」


 「医者なんて大げさな」と思ったけれども、歩くたびに足首が痛むということは、わたしが思うより重傷なのかもしれない。


 それになにより、ガーネットの目が「有無を言わせない」とばかりに力強かったので、わたしはうなずくことしかできなかった。


「ローザってスポーツの授業は残ってたっけ?」

「ううん。もう全部終わってるよ」

「そう。じゃあ学園には通えるだろうけれど……痛いなら休んだほうがいいね」


 もう卒業が近いので、必要な単位を取り終わっている教科もいくらかあった。スポーツはその中に入っていたので、ガーネットの言う通り座学に出るだけなら問題はないだろう。


「そんなに痛くないから、学園には行くよ」

「あとから痛くなってくるかもしれない」

「心配しすぎだよ」

「するよ。だって、ローザの体なんだから」


 わたしは目をぱちくりとさせたあと、腑に落ちた。


 そうだ、わたしはガーネットの「運命の相手」なのだ。もう、ただの仲のいい幼馴染、じゃない。


 ガーネットの「運命の相手」ということは、彼の子供を産むのにもっとも最適な女性であることを意味する。


 わたしの体はわたしのものだけれど、もうわたしだけのものではないのだ。


 そう思うと、奇妙な気持ちになった。むずがゆいような、心臓をズタズタに引き裂かれたような。相反する感覚がわたしを襲う。


「うん……わかってる」


 「わかってる」。そう己に言い聞かせる。


 ガーネットはわたしのことが好きだから、いっしょに暮らしているのではない。わたしが好きだから、体を繋げているのではない。


 すべては義務だ。


 義務感が、ガーネットにそれらをさせる。


 ガーネットは真面目で、優しい人間だから、わたしを粗末には扱わないけれど――


「わかってるから、だいじょうぶ」


 義務で繋がった関係なのだと、わたしは肝に銘じておかなければならない。


 勘違いを、してはいけない。

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