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第92話 運命の女神様…1

挿絵(By みてみん)



 姫香と言う頼れる相談相手を失ってしまったと思い込んだあたしは、自分ではどうする事も出来ないくらいの堪らない不安感を抱え込んでしまった。


 あたしの嫌な予感は的中して、始業時間が来ても亜紀は教室へ姿を見せなかったのだ。


 彼女の事をホームルームの時に、先生から『遠藤さんはお休みです』と言う短い言葉で片付けられてしまい、堪らない不安感は益々現実のものとなってあたしの心を締め付ける。


 心配になったあたしは、職員室まで足を運んでクラス担任の石田先生を訪ねて行くと、亜紀は昨夜遅く、強い腹痛を訴えて救急病院へ行ったのだと聞かされた。


「遠藤さんね、丁度さっきお母さんが病院から連絡があったそうよ。どうやら急性虫垂炎になったらしいわ」


 教室に居た先生の代わりに、亜紀のお母さんからの連絡を誰かが受けていたらしい。きちんと片付けられている先生のデスクマットの上には、風で飛ばされない様に伝言メモがテープで貼り付けられていた。


「先生、虫垂炎って?」


「ああ、盲腸の事よ」


「もう……ちょう?」


 聞き慣れない病名を耳にして、思わずあたしは眉を顰めて小首を傾げる。


「右手で自分の右側の骨盤に手を当ててごらんなさい」


「こう……ですか?」


 あたしはわけが判らないまま、先生の言われた通りに右手で自分の腰に手を当てる。


「そう。それで指を伸ばした状態。指先の辺りが『盲腸』になるの。そこの部分が炎症を起こして痛むのよ。薬で痛みを散らしたり、炎症を抑えたりも出来るけど、遠藤さんの場合はどうやら手術になるらしいわ。これからご両親が主治医の先生と今後の予定を相談するのですって。予定が判ったら先生に連絡してくれるそうだから」


「……はい」


 伝言のメモを手にした先生からそう言われて、あたしは仕方なく頷いた。


 いつもの元気を失くしてしまったあたしを見て、先生は気の毒だと思ったのか、ふと表情を和らげて言葉を続ける。


「仲良しの遠藤さんが入院してしまって貴方も心配でしょうけど、もう少し待って居て。ご両親から連絡があったら、貴方に教えてあげるから」


『仲良しの……』先生が口にした言葉が頭の中で何度も響く。


 こんな状態になってしまったけれども、それでもあたしにとって亜紀はクラスメイトであり、部活の仲間であり、そして……大切な友達。親友なの。あたしの中の亜紀の立ち位置は全く変わってはいないけれども、亜紀は……


 きっと、亜紀はあたしの事をもう友達だなんて思ってはくれてはいないんだろうな。それどころか酷い子だって……きっと思っているんだろうな。


 あたしは切なくなって、心の中で何度も亜紀に『ごめんね』と謝った。けれども、自分の心の中で何度彼女に謝ってみても、この想いは亜紀へは届いてはくれないのだ。


「先生、盲腸って何が原因なの?」


「盲腸の原因はまだよく判っていないらしいのだけど、食べ過ぎと言った生活環境やウィルスから発症する事もあるし、時には心因性などからも来るそうよ」


「……」


『心因性』……心が原因になる病気……


 やっぱり、あたしが原因なのだわ。


 昨夜、どんな顔で亜紀と会えば良いのかとずっと悩んでいたのに、もうこうなったらそんな次元で悩んでいる場合じゃなくなっちゃってしまった。


 どうしよう……あたしのせいで、亜紀が病気になって学校を休んじゃったんだ。


 いつもニコニコ笑っていた亜紀から、あたしが彼女の笑顔を奪ったのだと思うと、居ても経っても居られない。授業だってちっとも身に入らなくて、ただ悪戯に時間が過ぎていくばかりだった。時間が経つにつれて彼女への罪の意識から、あたしはどんどん息苦しさを覚え始める。


「ねえ、香代。遠藤さん、何かあったの?」


 そう言ってクラスの女子の何人かがあたしに訊ねて来たけれど、あたしにはその理由が判っていても、答える事が出来なくて『判らない』としか言えなかった。



 ――誰かに相談したい……


 そう思いながらふと斜め前を見へ視線を移すと、学校指定のポロシャツを着た慶の白くて大きな背中が眼に留った。


 丁度、前から配られて来たプリントを後ろの門田くんに渡そうとして慶が振り返り、偶然だけどもあたしとしっかり眼が合ってしまい、そしてあろうことか慶はあたしに向かって愛想良く微笑んだのだ。


「……」


 あたしはドキリとして瞬間的に慶の笑顔へ引き寄せられてしまったけれども、すぐに我に返った。


 慌ててそっぽを向いて、慶の視線から逃げ出す。


 なに? どう言う事なの?


 慶は今日、お母さんの手術がある。あたしは自分のお母さんから大変な病気だと聞いていたのだけれど、今の慶の様子からは少しも不安や苛立ちなんか感じ取る事が出来なかった。


 でも、どうしてそんな顔が出来るの? 今まであたしは慶に対して随分な事をしちゃったのに。どうしてこんな時に、そんな優しい表情を浮かべられるの?


――お願いだから……優しくしないでよ……


 あたしには、慶の優しさを受け留められる資格なんて……無いのよ。


 あたしは心の中で泣きそうになった。ううん、もしかしたらもうとっくに泣き出しているのかも知れない……何故だかそう思った。



 慶の笑顔が堪らなくて辛いと感じてしまった筈なのに……


 不思議とそれからは、薄いベールを剥がして行くみたいに重苦しい胸のつかえが取れて、どんどん軽くなって行った。どうしてそうなったのかは自分でもよく判らないし、説明出来ないのだけれども……少なくとも、慶の顔を見た時に、あたしの心の中で何かが癒されたみたいな気がする。


 前向きに考えられるようになったあたしは、とにかく今日の授業が終わったら亜紀の居る病院を訪ねてみようと思った。たとえ亜紀に嫌われていても、一言でも良いから謝らせて貰おうと心に誓って。


 心の整理が付いた気がして、少しだけ余裕が出来たあたしは授業に集中出来るようにまで回復した。



 ところが、運命の女神様は慶の様に優しくはしてくれなかったみたい。


 その日の三時限目になる前の休憩時間。理科の実験教室へと移動していた時に事件が起こった。

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