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第91話 誤解

 あたしは亜紀にどんな顔をして会えば良いのか判らないまま、とうとう次の日の朝を迎えてしまった。


 一晩中、亜紀の事が気になり、そしてお隣の慶や手術を受ける慶のお母さんの事や、お隣の駐車場に停めていた黒いバイクの事が気になって、夢現ゆめうつつにあれこれと浮かんでは消え、消えては浮かびしてしまい、あたしは殆ど眠る事が出来なかった。


 昨日の出来事が、本当はみんな夢だったのなら良かったのにとさえ願ってしまう。そうだったのなら、あたしはいつもと変わらない穏やかな日々を迎える事が出来るのに。


 だけど、その望みは儚く消えてしまった。


「おはよう……」


「おはよう。どうしたの? 元気、無いわね……ああ、遠藤さんがまだ来ていないから?」


 沈んだ声で挨拶をしたあたしに、先に来て他の子と楽しそうに話をしていた一葉が不思議そうな顔をして声を掛けて来たけれども、彼女は直ぐにその理由を見付けたのかそう言った。


「え? 亜紀、まだ来ていないの?」


 いつもなら、あたしよりも先に登校している亜紀が居るはずなのに……


「まあ、部員のみんなに多少の迷惑を掛けちゃった『あの後』の次の日だし、来れ無くなっても仕方ないわよね」


「……」


 一葉は、亜紀が昨日の部活で逃げ出した事を言っているのだと判った。でも、あたしは返す言葉が出て来ない。


 彼女を捜す為に、二年の女子の殆どが練習を中断させられた。中々見付からない亜紀を、もう先に帰ったのだと決め付けて、時間の無駄だと迷惑がっていた子達も何人か居たもの。


 まだ登校して来ない亜紀の心中を察したあたしは、急に胸に大きな石を詰まらせたみたいに塞がって、苦しくなった。


 何も言えなくなったあたしは、思わず一葉達から視線を逸らせて俯いてしまう。


「どうしたの? 何かあったの? 元気だけじゃなくて、顔色も良くないわよ」


「う……ううん。何でも……昨夜ゆうべよく眠れなかったから……」


 曖昧な笑みを無理矢理浮かべる。


 いつもと違うあたしを見て、一葉が心配してくれる。彼女の心配りは嬉しいけれども、亜紀を追い詰めてしまったのは、余計なお節介をしてしまったあたしだ。あたしがあんな事を遣らなければ、彼女に辛い想いをさせたりはしなかったのに……だけど、あのままであたしがクジに『余計な操作』を加えなければ、あたしは慶とペアになって田村くんから……


 本当は、あの時結果がどちらに傾いたとしても、恥ずかしくて嫌だったんだもの。


「あのさ、あたしは別のグループだったから詳しくは知らないんだけど、遠藤さんがアキバケイとペアったのを、田村のアホが冷やかしたからあんな事になっちゃったんだよね?」


「う、うん……」


 思い出したくも無い昨日の出来事を彼女の方から切り出されて、居心地が悪くなったあたしは直ぐにこの場から逃げ出そうかと真剣に考えてしまった。


「全くぅ。昨日の組み合わせは昨日だけの限定だったのに。あの馬鹿ったら……本っ当に子供なんだから」


「え?」


『限……定』?


 一葉の言葉に驚いたあたしは、思わず顔を上げて彼女を見詰め直す。


「『期間中、グループ内の全員とペアになるよう一巡する』って藤野先生が言っていたわよ。まあ、あの時はグループ分け直後でみんながざわざわしていたから、藤野先生の声が届いていなかったグループもあったみたいだけどね。だから、別に二年どうしでペアになろうが、三年どうしでペアになろうが、男女ペアの練習期間が続く限り関係無かったのに……」


「そんな……」


 じゃあ、あたしが遣った事は……


「あれ? 香代は藤野先生の説明が聞こえなかったの?」


「うん」


「ああそうなんだ。じゃああの田村にも聞こえていなかったって可能性が高いわね。だけど二年生にもなって、田村ってば考えるコトが幼稚なのよ。冷やかされた遠藤さんにも同情しちゃうし、アキバケイだって迷惑な話よね。無理矢理シングルス対ダブルスをさせられちゃってさ。外野は結構盛り上がっちゃって楽しかったらしいけど、アキバケイ本人は堪らないわよ。帰り、ボロボロだったわよ。今日はまだ来ていないみたいだけど……」


 一葉はそう言って、ぐるっと教室内を見廻して慶の姿を捜した。


「変ね。いつもならもうとっくに来ているのに」


 慶は来ないだろうと思った。だって、今日はお母さんの手術がある大切な日なんだもの。


 そう思っていたあたしは、聞き覚えのある男子の声に驚いて、声が聞こえた教室の入り口へと振り返った。


「おう、はよッス! なんだぁ? おまい、昨日のゲームが応えたのか? 元気がねーぞ」


 教室で先に席に着いていた門田くんが、慶の姿を見付けて声を掛けると、慶はくたびれた笑顔を浮かべた。


「はあ? なんなの? 誰かさんと同じじゃない」


 一葉があたしと同じだと言って、苦笑する。


 慶が学校に来た事自体、あたしにとっては意外だった。てっきり慶はお母さんの手術に付き合って、学校を休む心算だろうと思っていたのに。だけど……ああ、確か午後からの手術だとお母さんが言っていたから、午前中は授業に出る事にしたのかな。


 慶が学校に来た事に納得出来ても、あたしの心は少しも晴れたりはしなかった。だって、亜紀がまだ遣って来ないんだもの。


 昨日の混合ペアの事で、一葉達が亜紀を可哀想だと同情していても、彼女はきっと今日は来ないと思った。彼女を傷付けたのは田村くんじゃなくて、本当はあたしが傷付けてしまったのだから。


 こんな時、あたしはどうすれば……どうしたら良いの?


 あの時一緒に居た姫香は別のクラス。今から彼女の居る一組に行ったとしても、話している時間がもう無いし、他のクラスの事だから、一時限目から教室移動して会えない可能性だってある。


 それに、姫香ともしも話せたとしても……それでなくても以前から、姫香はあたしの態度に苛々していたのは判ってる。だから昨日あんなにハッキリとあたしに注意と言うか……警告をしてくれたのに。それが原因で、亜紀を傷付けてしまったんだもの。今更どうしようだなんて、相談なんか出来やしないわ。

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