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第9話 切ない意地悪

 そんな事が一カ月近く続いたある日の事だった。


 修学旅行の日程が近付いて、あたしは姫香や亜紀が居る旅行グループの女子メンバー六人で、見学予定コースやお土産について相談していた。



「よーよー、ドバシ、これ何て読むんだ?」


 授業前の休憩時間だった事もあり、前回の授業で音読を指名予告されていた立川が、国語の教科書を開き、珍しく真面目な顔をして雑談をしているあたしに近寄って来た。


 でも、あたしは立川とは関わりたく無かったから、雑談にふけっているふりをしたのに、立川の足はちっとも立ち止らない。


 あたしは立川が会話に絡んで来れないよう、一際声を張り上げた。


「でさぁ、今度の土曜日にね、みんなで旅行準備の買い物に行かない?」


「きゃあー、行く! 行くー!」


 あたしのピンチを読んだ姫香がすかさずはしゃいで賛成し、一緒に居た亜紀もニコニコして大きくうなずいた。


「何着て行こうかなぁー」


 同じ班のかえで沙希さき真理奈まりなも雰囲気を読んで承知してくれた。立川を牽制けんせいした話題だったけれど、休日待ち合わせしてのお出掛けに興味を持ってくれて嬉しそう。楽しみにしている修学旅行にプラスして、ちょっとしたイベント提案でみんな瞳がキラキラしちゃってる。


「ね、ね、ね、待ち合わせの場所と時間を決めておこうよ」


「ついでに一緒にお昼ご飯食べに行く?」


「いやぁーん、あたしもそれ賛成ぃ~!」


 みんな立川の悪評を知っているし、あたしへの嫌がらせを快く思っていないから相手にしたくなくて、必要以上に会話が弾んで場が盛り上がったのだけれども……



「おい! 聞こえなかったのかよ?」


「った!」


 あたしが無視をしたのが気に入らなかったらしく、立川はポニーテールのあたしの髪に結んでいた紺色のリボンを乱暴に引いた。


 引き方が悪かったせいか、リボンは髪に絡まってしまい上手くほどけてはくれなかった。


 いきなり頭を後ろへ引っ張られた状態になり、あたしの身体は椅子ごと後方へと大きくバランスを崩してしまう。


 あたしはその場に居た女子の『きゃー!』と言う悲鳴と一緒にひっくり返りそうになったけれど、必死に手足を突っぱねて支え、なんとか危ういところを免れた。


 教室のあちらこちらで雑談をしていたみんなが、何事かと一斉に息をひそめ、それまでざわついていた教室内が水を打ったようにシン……となる。


「いたた……なにするのよ!」


「よー、無視すんなよ。アキバ系に振られた癖に」


「な? ……なんですって?」


 その失礼極まりない言い方にカッとなる。


 真っ赤になって怒り出したあたしを見て、立川がにやにやと笑みを浮かべながら偉そうに続ける。


「アキバに振られたから、女同士でうろうろしてンだろ?」


「それ言い掛かりじゃん!」


 一緒に居た姫香がいきり立ち、それまで静かになっていた教室内がざわざわとざわめいた。


「ま、待って」 


 何度も立川と危うい修羅場になりそうになった姫香を、起き上ったあたしは右腕を彼女の方へ伸ばしてさえぎり、黙らせる。この二人、放っておけば本当に殴り合いでもしそうだもの。それに、このままじゃ姫香にいつ害が及ぶか判ったものじゃ無い。


 いつも逃げ腰だったあたしは心を決めて、ばん! と机を両手で叩き、その勢いで机から上半身を乗り出した。


「か、勘違いしないでよ! あたしがいつ慶に振られたって言うの?」


 そもそも慶とは単なる幼馴染であって、付き合うとか、振られたとか関係ない。


「ほぉ~、大した自信だぜ。じゃあ自分から振ったってのか?」


「てか、最初っからあたしは付き合ってなんかいないわ! しつこいわよ!」


 立川は腕組みをして、あたしの出方をはすに構えて面白そうに窺っている。その態度が気に入らなくて、立川の腹黒い笑い方に乗せられてカッとなってしまった。今まで事を荒立てずに穏便にしておこうとしていたあたしの努力は掻き消されてしまう。


  勢いに任せて大声でまくし上げたあたしの視界には、驚いてこちらを見ているクラスメイト……


 そしてその中に……慶が居た。




「だぁ~とよ。どーするアキバ系」


 あたしの言葉をそのまま受け継いだ立川が、慶の方へ身体の向きを変え、見下した笑いを投げ掛ける。


 嘘でしょ……?


 後悔してももう遅い。

 

 慶を眼の前にして視線が合ってしまった瞬間、あたしは自分で言い放った言葉の酷さに驚いてすくんでしまい、息を詰めて慶の様子を窺った。


 慶と言えば……門田くん達との雑談を急に中断させられたせいか、それともあたしの爆弾発言に怒っているのか判断に迷うところだけれど、少しだけムッとなっているように見える。


「どうよ?」


「……別に」


 面白がっている立川に対して、慶は面倒臭そうな表情を浮かべて呟くように低い声でボソリと返す。


 慶が言葉を発したのは、たったそれだけ。


 休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴り、あたし達の遣り取りを中断させられてしまったクラスのみんなは、慌ただしく各自の席に着いた。


 席に着いても、あたしは慶の事が気になって仕方が無かった。


 なんの感情さえ読み取れなかった慶の返事を聞き、あたしは自分が言い出した事を棚に上げて、無性に腹立たしくなって来た。


『別に』……って。他になにか言い様は無かったの?


 憎らしい立川に、否定するなり冗談で切り返すなり……他に方法は無かったの?


 慶にとって、あたしはその程度の人間だったの?


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