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第89話 親友…3


「会社の人が事故に遭ったの。カブでお得意様を廻っていて、その帰りにね」


 悩んでいたあたしは、事故の話を聞いてしまい悪い予感に襲われた。


 これは良く無い前兆かもしれないわと思って顔を強張らせると、あたしの顔を見たお母さんが、ふと表情を和らげる。


「大丈夫よ。カブは酷く壊れちゃったらしいけど、本人の意識はしっかりあるそうだから。会社へ『心配しないで』って連絡があったそうだもの。でも、お母さんはその人にいつもお世話になっているの。だから、これからお見舞いに行くね」


「カブって?」


「ああ、銀行や郵便局の人が乗っているビジネスバイクよ。お得意様を訪ねて行くには必要だから。でもね、乗る人がどんなに安全運転をしていても、事故に巻き込まれてしまう事だってあるわ。それは車やバイクだけじゃなくて、徒歩で登下校している香代だってそうなのよ。お母さん、本当はいつも香代が無事に学校から帰って来るように、心の中で祈っているんだから」


「あ、あたしなら大丈夫よ」


 急にあたしに話を振られて、気恥しくなった。


 無事に学校から帰って来ているのかを、毎日心配してお祈りしてくれているだなんて……そんな事、あたしは思い付きさえしなかったもの。毎日無事に帰って来るのが当たり前だと思っていたし、お母さんだってそれが当然だと思っているものだと思っていたから。


 普段口にしない言葉をお母さんが言った事で、得体の知れない不安に悩んでいたあたしの心が少しだけ温かくなった気がした。


「どうかしたの?」


「え? う、ううん。それでいつもより早く帰ったのね?」


 本当はお母さんに、亜紀との事を相談に乗って貰いたかった。だけど、お母さんだって今は大変なんだからと、自分に言い聞かせる事にする。


「そうよ。だからお留守番宜しくね。九時頃にはお父さんが帰るそうだから」


「判った」


 出掛ける為の身支度をしているお母さんを一階に残して、あたしは二階の自分の部屋へ階段をのそのそと上がって行った。


 あたしの事を気遣ってくれているお母さんの心を知って嬉しくなり、あたしの気持ちが少しだけ軽くなっても、それだけでは気分が晴れたりはしなかった。


 やっぱりあたしは亜紀の事が気になって仕方が無い。でも、どんなに心から謝っても、きっと亜紀は許してはくれないだろうと思った。もしかしたら、テニス部も辞めてしまうかも知れない。


 だって、亜紀は表向きには『積極性を持ちたいから』って言っていたけど、本当は慶が軟式テニスをしているから、慶に少しでも近付きたいと思って入部したんだもの。


 元々肌の色が白くて、他の女の子よりも運動オンチな所があった亜紀だったけれども、一生懸命練習には参加したし、地元の短期間テニススクールがあると聞けば、可能な限り参加していたそう。その甲斐かいあって、今では部員の女の子とほぼ同じレベルになっている。日焼け止めでも庇い切れない日差しのお陰で、白い肌は真っ赤に日焼けしていていつも痛そうだったけれども、それだけ亜紀が熱心に練習していたからなのだと判る。


 反射神経は他の子達より少しばかり覚束おぼつかなくても、彼女は常に冷静に試合の流れと対戦相手の癖や性格を素早く読み取り、分析する力が優れている。どちらかと言えば心理戦に強い。ミニゲームを遣っても、相手に簡単には勝ちを譲らない粘り強いゲームをするタイプで、見習うべき所が沢山ある。あたし達女子部に居て貰いたいタイプの部員だし、もちろんあたしにはかけがえの無い大切な友達。


 なのに、なのに……


 あたしは亜紀に部活を辞めるよう、仕向けてしまったのかも知れない……


 どうしよう……大切な友達を、傷付けちゃった……


 居た堪れないほどの罪悪感を覚えて、苦しい想いが込み上げて来る。


 あたしは手にしていたカバンをベッドの上に放り投げると、そのまま自分の身体をベッドの上に投げ出して、何も無い天井を見詰めた。



「ああ、それから、慶ちゃんのお母さん、明日の午後に手術をするそうよ」


 二階に上がったあたしに聞こえるように、お母さんは声を張り上げる。


 あたしは驚いて半身をがばっと起こす。


「連絡、あったの?」


「ええ。明日は仕事を抜けられない用があって、どうしても休めないの。仕事が終わればその足で慶ちゃんのお母さんの所へ行く心算だから、遅くなるわ」


 その後でお母さんは『二日も続けて帰りが遅くなって悪いわね』と付け加えた。でも場合が場合だもの。お母さんがお世話になっていた人のお見舞いに行くのも、慶のお母さんの様子が気になって遅くなるのも仕方が無いわ。


「判った」


 いつもなら『遅くなる』イコールあたしの不満や文句だったのに、素直に返事をしたあたしに対して、お母さんは少し驚いていたみたいだった。


「台所に香代とお父さんの分のお弁当を買って来ているから……それで良い?」


「うん」


 だって、もう買って来ているのでしょう? 良いも悪いも無いわ。お母さんだって、自分の支度で忙しいのに。ご飯を作っている暇なんて無いでしょう? ちゃんとした理由があるのなら、あたしだって晩ご飯くらい……もう小学生じゃないんだから。ちょっとしたおかずだって出来るし、電子レンジのお世話やコンビニのお弁当のお世話だって仕方ないもの。平気よ。


 ……慶にあげた筍の煮物は失敗しちゃったけど……ね。


「じゃあ、行くね」 


 その声は、あたしの返事に安心してくれたみたいだった。


 お母さんが玄関で靴を履いている気配がする。


「あ、お母さん」


 ふと、慶の庭の駐車場に停めてあったバイクの事が気になって、先に帰っていたお母さんがお隣の事で何か知っていないかと思い、急いで階段を駆け降りた。


「どうしたの? 急に降りて来て」


「あ、ねぇ、お隣に停めているバイクって、美咲姉さんの?」


「違うわよ。美咲ちゃんの彼氏のでしょう? なに言っているの。美咲ちゃんはあんな大きなバイクの免許は持っていないわよ」


「あ……そうなんだ」


「じゃあ、今度こそ行くから」


「うん。行ってらっしゃい」



 お母さんから、お隣の大きなバイクの持ち主が美咲姉さんの彼氏だと聞かされて、内心ホッとした。同時に、お母さんが口にした『彼氏』と言う言葉が妙に心の奥に引っ掛かる。


 一昨年おととし、美咲姉さんから好きな男の人が出来たのだと聞いていた。でも、あの時は確かまだ、美咲姉さんの一方的な片想いだって言っていたけれど、その片想いのお相手が、もしかしてあのバイクの持ち主なのかしら……?


 あたしとしては、そうであって欲しいなと思った。


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