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第87話 親友…1


 姫香の言葉に励まされたあたしは、思わず心が緩んでしまった。めそめそする心算は無かったのに、急に眼頭が熱くなったと思ったら、顔を顰めていないのに大粒の涙がぽろぽろと毀れて、乾いた膝の上に滴り落ちる。


「まあ……最初は自分達の事ばかり考えてて、香代の気持ちを踏み躙るような事をしちゃったから、こうなっちゃったんだよね。あたし達が悪いのもあったんだけどさ」そして姫香は少し照れた。「……べっ、別に『鞍替え』したワケじゃないわよ? たっ、たまたま恭介と気が合っちゃったから。でも恭介と一緒にいると、なんだか香代と亜紀に申し訳ない気がしちゃってさ」


「どうして? 姫香は田村くんと上手く行ってるじゃない?」


「そりゃあまあ……でも『自分達だけが上手く行ってる』のって、居心地が悪いものなのよ。しかも昔はあたしだってアキバケイの事を想っていたんだし、他人事じゃなかったもの」


「そうなの?」


「『そうなの?』って、香代、あんたねー」あたしの問い掛けるような視線を意識した姫香は、肩を落として呟いた。「まあ、確かに義理チョコを多量に撒いて、本命を隠していたから、印象薄いのかもだけどねー」


 姫香はそう言って、手当たりしだいに男子を物色していた事を反省するみたいに照れ笑いをする。


 うん。知ってたよ。


 口では知らなかったような言い方をしたけれども、姫香が慶の事を意識していた事くらい判ってた。だけど、あたしは慶との……男の子との友情よりも、女の子同士の友情を大切にしたかったの。いつまでもみんなと仲良しでいたかったんだもの。


 慶と距離を置いてしまったきっかけは、姫香と亜紀に冷やかされた感が強くて、つい反発して慶に冷たくしてしまったから。けど、女の子同士なら、男の子には話せない事だって相談出来るし……


 そこまで考えると、あたしは何か違和感みたいなものを感じてしまった。だって、今は慶と少し距離を置いてしまったから喋れなくなっちゃったけれども、そうじゃなかったら……慶と距離を置かずに、昔のままの友達付き合いを続けていれば、心強い異性の相談相手になってくれていたのかしら? そんな疑問が湧き起こる。



 あたしの中で、幼い慶との思い出がどんどん掘り起こされ、膨れ上がって来た。


 利き手を注意されて泣き出した慶を庇って、先生に言い返したあたし。お遊戯会で突然台詞を忘れて半ベソを掻いてしまった慶に、舞台のすそから小声で教えてあげた事。夜店でヨーヨー風船や、金魚すくいが上手に出来なくて、一つも獲れなかった慶の代わりに、慶の分まで獲ってあげた事……


 て、どれを思い出しても、結局あたしが慶のフォローばかり遣っていたのだったわ。


 その慶が、暫く見ないうちに見違えるくらいしっかりして、今じゃ後輩から頼りにされちゃっているんだもの。


 あたしは、少しだけ損な役を必然的にさせられちゃったのかしら? そう思うと、なんだかガッカリしてしまうけれども、今のしっかり者の慶が居るのは、もしかしたら、あたしが慶と距離を置いたからなのかも知れないわ……とも思うのよね。



「ねえ、姫香」


「なに?」


「小さい頃の『好き』って、違って来るものなの?」


「よく判らないけど、少なくてもその『好き』が成長して行くに連れて細かく分かれて行くでしょ? だから男子の友達や、友達以上だけど彼氏未満の存在になったり、彼氏になったりするのじゃないの?」


「彼氏……未満」


 姫香の言葉が妙にあたしの心の中に響く。


「ああ、気にしなくても人それぞれだから」


 オウム返しに言ったあたしの言葉に、姫香は慌てて言葉を足した。


「『彼氏』って言えるのは、これは片一方だけがそう想っていても駄目なのよ。相手の気持ちが在っての事だから……だから、アキバケイの事を亜紀がどんなに好きでも、あやつはちっとも亜紀に靡いていないでしょ?」


「慶の気持ちが……それがあたしに向かってるって言うの?」


「そうよ。だって、アイツ、部活で暇さえあれば香代の事見ているんだもの。大バレだわ。単純って言うか……判り易いのよ」


「ちょ!」


 視界に映った人の姿に、慌てて姫香の口を塞ごうとしたけれど、遅かった。


 偶然、あたし達が居た第三校舎の一階フロアへと階段を降りて来たのは、試合放棄して逃げ出した亜紀。何人もの部員が手分けして探していたのに中々探し出せなかったのは、どうやら校舎の屋上に隠れていたらしい。


 泣き腫らして真っ赤になった亜紀の顔が痛々しく見える。


「……」


 姫香も亜紀の姿を見て、しまったと言う顔をした。


 亜紀は一言も喋らずにあたし達から顔を逸らせると、女子の部室へ向かって走り去る。


「どうしよう……い、今の話、聞かれちゃった」


「仕方が無いわよ。遅かれ早かれ、こうなる事は判っていたんだもの。亜紀だってもっと前から判っていたはずよ?」


「そんな……」


 慌てるあたしとは対照的に、姫香は意外と冷静に落ち着いている。


「香代、待って!」


 追い掛けようとしたあたしを、姫香が腕を掴んで引き戻す。


「だからって……」


「香代、あんたね、その八方美人なトコロは止しなさいって言ってるの」


「そんな事ない!」


 あたしはきっぱりと言い捨てて、姫香の手を振り払った。


 姫香に言われなくても……他の誰かから言われなくても、あたしはもう自分の気持ちに気付いていた。


 以前の様に、慶と普通に一緒に居られて、普通に会話をしたいとそう願っていた事に気付いた時点で。


 今更どうして慶の事が気になって仕方が無いのかを考えれば、答えはたった一つに行き当たるもの。だけど、友達の亜紀の切ない想いを知っていたあたしには、彼女の気持ちを踏み付けるような事は出来なかった。亜紀だって、大切なあたしの友達なんだもの。


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