第85話 勇気をください!
「そっち、居た?」
「ううん、図書室には居なかったよ」
慶と田村・川島ペアの大一番が始まる前、ゲームに出無かった姫香や一葉達二年の女子が先に手分けをして、居なくなった亜紀を捜していた。
あたしは審判の務めを終えると、急いで姫香達が居る亜紀の捜索グループに合流する。
「おかしいわね……家にもまだ帰っていないし、居そうな所は他に思い付かないんだけど……」
「もう一度家の人に連絡してみたら? もしかして、行き違いになっているかも知れないし……」
「もう二回も電話を掛けてるのよ? これ以上掛けたら、家の人をもっと心配させちゃう」先に彼女を捜していた姫香は、苛々しながらあたしの提案を遮った。「大体、何が原因だったの? 亜紀がどうして逃げ出したりしたの?」
「そ、それは……」
ゲームの審判をしていて、居なくなった亜紀を直ぐに探し出せなかったあたしは、姫香からきつい眼差しで睨まれて、思わず言葉を詰まらせた。
「最初のグループ分けからして、何か起こりそうだとは思っていたのよ。アキバケイに亜紀と香代。他にもグループがあるのに、よくもまあ一つのグループに三人が集まってしまったわね」
それはあたし達の責任じゃないし、一つのグループになってしまったあたし達の方が驚いていたくらいだもの。
「そうね。だけど文句ならグループ分けした先生に言って欲しいわ」
取り敢えずの相槌を打ったけれど、姫香の言い様にムッとなったあたしは、口を尖らせる。
「ねえ、何があったの?」
首を巡らせて、周囲にあたし達二人しか居ない事を確認した姫香は、声を潜めて問い掛けた。
「実は……」
あたしはゲーム前のペアを決める時に遡り、姫香にはあたしが遣ったクジ引き操作の事は伏せて、事実を正直に話した。だけど、話し終えた後も姫香は釈然としない様子で、眉間を寄せてあたしの眼を見詰めた。
「本当に……それだけ?」
「え? ……う、うん……」
在りのままを話したけれども、肝心な部分はあたしの胸の奥にしまっている。それで負い目を感じたのか、あたしは姫香の眼を直視する事が出来なかった。
だって、みんなで一人一本ずつ線を引くルールだったし、あたしは遅れて後から引いただけだから、誰もあたしを怪しいと疑っていなかったもの。
誰もが慶とペアになりたいと思っていたみたいだったし、クジに後から線を引いた後ても、あたしは慶とは組めなかった。これが、あたしが線を後から引いた事であたしと慶がペアになったのなら、みんながあたしの事を怪しいと疑うでしょうけれど、慶とペアになったのは亜紀だもの。誰もあたしが不正をしただなんて思ってなんかいないわよ。
クジ引き操作の件を話すのは余計だと思った。けれども、姫香と二人っきりで向かい合っていると、何故かあたしの良心がチクチクと痛む。
きっとそれは、姫香があたしの本当の気持ちに、あたしよりも先に早く気が付いていたからだと思った。
自分の本当の気持ちに整理が付いていないだなんて……あたしって、なんでこう……情けないのかな。
同い年なのに、お姉さんみたいに頼り甲斐がある姫香が羨ましく思えた。
「香代? こら、ちゃんとあたしの眼を見なさいよ」
「う、うん……」
居心地の悪さを感じたあたしに、姫香は落ち着いて……だけども強制力のある強い口調でそう言って、あたしの顔を覗き込む。
「ほら、香代こっち見て?」
「ん……」
姫香の顔を見上げたら、急に眼の廻りが熱くなって、彼女の顔がぼやけて見えた。
試合中は審判に夢中だったけど、今は亜紀に遣ってしまった自分の行動が気になって仕方が無い。
あたし、やっぱりあんな事……遣らなきゃ良かったのかな? 亜紀にとって、あたしが遣った事は、『大きなお世話』でしか無かったのかしら?
あのまま線を引かず、あたしが慶とペアを組んでいたとしても、対戦相手の田村くんから指摘されていた筈。そして多分、あたしも亜紀と同様に慶とペアは組めないからと言い出して、辞退するに決まっているわ。もしかしたら冷やかされて、亜紀みたいに逃げ出してしまったかも知れない。
あたしは自分の身代わりを亜紀にさせてしまったのかも知れない。
亜紀に嫌な思いをさせてしまったのは……あたしなのだわ。
――本当の事を話せば、姫香は怒り出すかも知れない。
『それで良いの?』……姫香は何度もあたしに助言してくれていたけれど、こんな事を話せば、絶交されてしまうかも知れない……そう思うと、怖くて足が震える。
自分に不利になる余計な事だから、話す必要なんか無いのよと言う気持ちと、たとえ嫌われる様な事になったとしても、素直に話さなきゃいけないと思う気持ちの板挟みになってしまい、あたしの心は大きく揺れた。
「どうしたの?」
決められないと思った時、姫香が優しい声で諭す様に声を掛けて来た。
姫香の声で、揺らいでいたあたしの心が大きく傾く。
他の子には話せ無くても、姫香ならあたしの気持ちをあたしよりも理解してくれているもの。正直に話して胸の痞えを取り除きたかったし、話した事で姫香から非難されて嫌われても、仕方の無い状況なのだから諦めようと思った。何より、友達に話せない事を、これから先ずっと背負って行かなくてはならなくなる方が、あたしには重荷に感じる。
『香代? 嘘は吐いては駄目よ? 一つ吐くと、その嘘を隠そうとして、また嘘を吐いてしまう。お母さんは、香代が嘘を吐くような子になって欲しくはないわ……』姫香の優しい声を聞いて、小さかった頃にお母さんからよく言われていた言葉を思い出した。
「うん?」
「姫香、あのね……」
もしかしたらこの事が原因で、二人の親友を失ってしまうかも知れない。
神様、あたしに……勇気をください!




