第84話 シングルス VS ダブルス…2
ところが、慶はネット際まで詰めていて、このイレギュラーは予想外だったみたい。
再びサービスラインまでダッシュで後退して、やっと追い付くけれども返球が甘くなる。
「戴きッ!」
余裕で待ち構えていた田村くんが一声吠えた。
ネットよりも高い打点位置で地面と平行にレベルスイングをして、素早く振り抜いた。
田村くんのリターンが、慶の左側を一直線に通過する。
殆ど回転を掛けずに強打した球足は速い。慶はボールに追い付けず、田村くん達への初ポイントを許してしまった。
「よっしゃあー! ワンポイント!」
「ワン、スリー」
田村くんがラケットのシャフト部分を左手で握り締めて両手を上げた。自分達のゲームを見守っているみんなに向かって、気合を込めたガッツポーズを取って見せる。
けれども、慶のシングルス対田村くん達のダブルスとでは、周囲の応援エキサイト度もなんだか温度差があったみたいだった。
ぱらぱらとしか出無い拍手に、田村くんは不満一杯の顔をした。
「はああ? ナンだよこの応援はぁ? 士気が下がっちまうだろ」
「まあまあ……」
文句を言う田村くんへ、対戦相手の慶が宥める。
ところが、この言動が田村くんは気に入らなかったらしく、直情型の彼の闘争心を掻き立てて、火を灯させてしまったみたいだった。
元々田村くんは身体が大きくて力が強い。彼のプレースタイルは、パワーで相手を打ち負かそうとするタイプ。
ライジングでのリターンを見切った川島さんの援護もあって、田村くんは慶を打ち負かそうと直球を仕掛けて挑んで来るけれど、慶だってみすみすポイントを落とす様な事はしない。
田村くんが何度パワーで押し切ろうとしても、慶は粘り強くボールを拾ってリターンする。
何度もネットの上を白いボールが矢の様に行き来して、息詰まる力強いラリーが続いたけれども、何度目かのインパクトの瞬間、ボールを腰の辺りまで引き寄せた慶が、ラケットを水平方向じゃなくて、やや上に向かって振り抜くような変わった打ち方をした。丁度飛行機が離陸するイメージに似ている。
勢いを殺されたボールがふんわりとしたロブになったように見えた。
待ち受けていた田村くんがリターンしようと大きくラケットをテイクバックして振り被った時、ボールは彼の予測していた落下地点よりもネット寄りに急激な角度を付けて落ち、その次の瞬間、ボールは勢い良く高く跳ね上がる。
ボールがラケットのフェース面に当たったインパクトの瞬間に、慶がドライブを掛けたのが判った。
「この!」
前へダッシュした田村くんは、走り込みながらラケットを大きく薙ぎ払おうとしたけれども、ボールが地面を蹴るように高速バウンドした為か、彼のスイングは空振りする。
「あら?」
田村くんは勢いの余りコートに引っ繰り返った。
「ゲーム・チェンジ・サイズ」
あたしはサイドとサービスを交代するよう、コールした。
「タイム!」
川島さんが審判を務めているあたしに向かってタイムを求め、あたしは両手を上げてコールする。
彼女はペアの田村くんの居る後衛へと駆け足で走り、彼に何かを伝える。
あたしは、ワンゲームでもう息が上がってしまったらしい慶と田村くんとを交互に観察した。
二人とも凄い汗を掻いて肩で大きく息を弾ませているけれども、どちらかと言えばダブルスの田村くんの方が、シングルスで戦っている慶よりも消耗が激しいように見える。
田村くんには川島さんと言うペアが居るにも拘らず、彼女に任せるべきボールも自分一人が拾いに行っている。慶への返球も単調で、真っ直ぐのパワーショットしか返していなかった。
どんなに力強いパワーショットでも、相手が返球出来る場所へ打てば、彼の力に打ち負かされない程度の返球力さえあれば、必ずリターン出来る。
噂で田村くんは試合ではなかなか決勝に残れないと聞いていたけれど、こんな戦術なら自分からスタミナ切れして自滅するでしょうに。
あたしは心の中でそう呟いてしまった。
ところが、次のゲームが始まった途端、田村くんのプレイに変化が起こった。
さっきの川島さんが取ったタイムの時に、彼女から何かアドバイスを貰ったであろう事は、眼に見えて明らかだった。
田村くんが川島さんと声を出し合って、連携するようになったのだ。しかも、返球はことごとく慶の裏を掻くように見事に決まり始め、慶はシングルスの自分のコートを前後左右、余すところなく走らされてしまい、たちまちツーゲームを落としてしまった。
「アキバー! 根性出せ!」
「先輩! ファイトぉー!」
応援は自然と慶に集中し、大きな渦となって試合中である他のチームや、近くで練習していた吹奏楽部、陸上部と言った他の部からも注目を集め、彼等を巻き込む。
だけど、最初のゲームで田村くんとのパワーショット攻防戦が後を引いたらしく、シングルスで立ち向かう慶には、集中力が残ってはいなかったみたいだった。
田村くんの力強いランニングショットが、『決まれ!』とばかりに慶の足元すぐ後ろへ突き刺さり、慶は身動きさえ出来なかった。
「ゲーム・セット。三対一で田村・川島ペアの勝ちです」
あたしのコールに、ゲームを見守っていたみんなから溜め息が漏れた。
初回の慶の善戦に期待していただけに、一方的な流れを絶って自分の流れへと立て直せなかった慶に軽く失望したみたい。
ネット越しに向かい合った慶と田村くんペアがお互いに頭を下げる。
「うっしゃー! 一回戦貰ったー! アキバケイ、あンがとな」
「あ? ああ……」
どんな試合でも勝ちは勝ち。慶に勝てたのが余程嬉しかったのか、田村くんは陽気に笑ってそう言うと、慶に握手を求めた。慶も田村くんのはっちゃけた喜びように多少退きはしたものの、少しだけ引き攣った笑顔を浮かべて彼と握手する。
「良く遣ったぞー」
「アキバケイー、ガンバー!」
ぱらぱらと周囲から拍手が起こり、その拍手はだんだん大きくなって行く。