表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/105

第83話 シングルス VS ダブルス…1


 三人がネットを挟んで中央に向かい合うと、慶と田村くんが一斉にあたしを見詰めた。


 突然の視線に、あたしはドキリとさせられる。


「土橋、審判して」


「ええ? あ、あたし?」


「当たり前だろ? 一年に審判させる気か?」


「う……わ、判ったわよ……」


 慶のご指名に驚いてあたしが訊き返すと、田村くんが『当然だ』とばかり強気で畳み込んだ。


 亜紀が抜け出してしまった後、Bチームに残った二年生はあたしと慶だけになってしまい、あたしは審判を受け持つ事になった。けれども、田村くんのチームには他に二年の男子も女子も居るのに……なんで二人とも揃ってあたしを指名してくるのよ?


 ダブルス対シングルス……そもそもこのふざけた対戦に、審判が必要だなんて思わなかったわ。


 しかも、この異例のゲームは慶と田村くんの二組のチームだけじゃなく、コート空きで控えている他のチームや、試合を始めてしまったチームのメンバーまでが、興味津々であたし達に熱い視線を注いでいる。


 遣り辛いったら……無いわ。


 不満一杯のあたしは、三人が並んでいるネット傍にのろのろと歩み寄る。


 来るのが遅かったせいか、あたしの指示を待たずに、慶と田村くんの二人が勝手に先攻・後攻を決めるトスを行い、田村くんのチームが先攻になった。


「サービスサイド、田村・川島組。レシーブサイド、秋庭。ファイブゲームマッチ、プレイボール」


 あたしのコールに、どこからともなく拍手が起こり、拍手の連鎖が次々と起こる。


 慶も田村くんも、まさか本気でこのゲームをする心算なのかしら……?


 あたしはコールしながら、三人の表情を見比べた。


 二人の実力はそれほど大きく差があるわけじゃないけれど、やはり試合を冷静にこなして行く慶の方が、田村くんよりも強い。その実力は、去年の新人戦を前に怪我を負傷したにも拘らず『自主トレ』と称して、あたしと姫香が二人に呼び出された時に見て知っている。


 だけど、幾ら慶の実力があるからと言っても、田村くんには地元のジュニアテニススクールに通っている川島さんがペアでいるのに。


 あたしは少しだけ不安を覚えて、軽快にスプリットステップを踏んでレシーブ体勢を構える、真剣な表情をした慶を見詰めた。


 一年生の中では上位入賞を十分狙える実力の持ち主である川島さん。彼女はもしかしたら、二年生の女子よりも強いかも知れない。だけど、まだ彼女は気弱な面が残っていて、あと一息の押しが出来ないでいる。亜紀とタイプが少し似ているかも知れないわと思った。彼女が目覚めて本気を出せば、かなりの戦力が期待出来る訳だけど……


 田村くんの左手から白いボールが放たれる。


 長身とパワーで力強く打ち込むサービスは速い。何度見ても迫力があって凄いと思う。だけど慶は、その重くて速いボールが一旦コートでバウンドして、まだ十分に上がり切らない状態を狙い澄まして振り抜いた。


 田村くんと並んで構えていた川田さんがセオリー通りに、彼のサービス直後前衛へ駆け寄ったけれども、彼女がそのポジションへ辿り着くよりも先に、慶の返球が彼女のすぐ右を抜き去った。


「きゃ!」


 堂々と二人の間を抜いたパッシングショットに、不意を衝かれた彼女が驚いて小さく悲鳴を上げる。


 強烈なサービスを打った田村くんは、体勢を立て直すのが不十分だったせいか、慶の返球速度に追い付けない。


「ゼロ、ワン」


「いいぞ~! アキバ!」


 コートを遠巻きに囲んだ部員達が歓声を上げる。




「ゼロ、ツー」


 立て続けにリターンエースを取った慶は、田村くんペアをたちまちゼロ、スリーに追い込んだ。


「何だァ、しっかりしろよ田村ァ!」


「良いトコ見せろよなー」


「情けねーぞ!」


 たった一人の慶に早くも追い込まれてしまった田村くんペアへ、二年の男子達からヤジが飛ぶ。


「遣るな、アキバケイ」


 田村くんの表情が強張った。だけど直ぐに気を取り直したのか、先手を取られているにも関わらず、不敵な笑みを浮かべる。


 慶は通常のペースでゲームをすれば、自分が不利になるとでも思ったのかしら。難しいタイミングのライジング返球で、田村くん達のタイミングを狂わせる戦術みたい。闇雲に田村くんの挑発に乗ったわけじゃなさそうだわ。慶なりに勝算があったから、このふざけたゲームを受けたのね。あたしが心配するまでも無かったかしら……?


 そう思ったのも束の間だった。


 川島さんが、早くも慶のタイミングを捕らえてポーチに出た。


 球威に競り負けてしまい、青い空に向かって高いロブが上がる。


「いいぞ!」


 彼女のポーチに、周囲から歓声が起こった。


 慶はボールをしっかりと眼で追いながら、素早く落下地点へ向かって走る。


 ボールは左コートの隅を突いて落下して来るが、そこには既に慶がスマッシュの体勢で待ち受けている。


「あっ! 止めてっ」


 慶のスマッシュ姿勢を嫌った田村くんが、情けない声を出した。


「田村くん、ふざけないで!」


「ヘイヘイ。今のは冗談……だって」


 審判として注意すると、田村くんがふざけた受け答えをする。


「来るぞ!」


「!」


 慶がラケットを素早く振り抜くと、ボールは身構えている田村くんへ向かって、矢の様に飛んで行く。


 だけど詰めが甘かったのか、それとも田村くん達を侮ってしまったのか……慶のスマッシュは、当たりが少し弱かった。


 素早く反応したのはやはり川島さんだった。


 さっきのリターンと同じくらい球足が速い慶のスマッシュを、積極的にポーチに出た彼女は、何とかラケットに当てる事が出来た。


 ボールは彼女の差し出したフレームに当たって弾かれる。


 再び高いロブが天に向かって上がった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ