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第82話 ダブルス…2


――神様、あんまりだわ……よりにもよってどうしてなの? 


 自分のグループに歩み寄った男子部員を見て、あたしは胸が張り裂けそうになった。


「きゃー! もうこれで勝ったも同然だよね!」


 自分達のグループに遣って来た二年生の男子を見るなり、一年の女子二人が嬉しさを隠せずに、黄色い悲鳴を上げてその場でぴょんぴょん跳ねた。


 亜紀も嬉しそうに微笑んでいる。


 だけど、あたしは自分達のグループに遣って来た慶と、眼を合わす事が出来ずに、ついそっぽを向いてしまった。


 慶も、あたしの様子を察したのか、努めて穏やかに『宜しく』と手短に挨拶をする。


「よろしくお願いしまぁーす!」


「……します」


「……」


 一年の女子二人の弾けるような明るい挨拶の後、続いて亜紀が恥ずかしいのか慶と眼を合わせらず、ぺこりと大きくお時儀をする。


 だけど、あたしはこの時、慶とは挨拶が出来なかった。


 自分でもカンジ悪いって事くらい判っている。でも、今はどうしてもダメ。慶と視線を合わせたくないの。


 慶はそんなあたしの態度に、少しばかり弱っていたみたいだった。


 あたしと慶はお互い居辛い空気になってしまっているのに、顧問の藤野先生はそんな事はお構いなしで、次々にメンバー割りを続けて行った。


「Bチームって、ここですよね?」


「あ? うん。ここだよ」


「ヨッシャー! アキバセンパイのグループ!」


「……」


 彼のはしゃぎ様に、慶が言葉を失っている。


 あたし達のグループには、三人の一年生男子部員が振り分けられて来た。そして三人とも慶のグループだと知るや、優勝したも同然のような浮かれ方をした。


「僕が一番強いわけじゃないんだけどなぁ……」


 強いプレッシャーを感じたのか、慶が溜め息混じりに弱音を漏らした。


「ナニ言ってんすか。センパイ」


「そうですよ」


「センパイ、ガッツっす!」


 三人とも、慶の弱気発言には全く退いてはいない。


 なかなか心強い後輩が来てくれているじゃないの。


 そう思って感心していたら、偶然慶と視線が合ってしまった。安心していた時だったから、あたしは飛び上がりそうになり、慌ててそっぽを向いた。


「じゃあ、早速だけどペアを決めようか。先生が言っていたけど、ジャンケンでもアミダでもいいって事だし……」


 グループでの自己紹介が先じゃないの? と思ったけれども、それはあたしの態度から紹介を見合わせてしまったのかしら?


「はぁ~い! アミダがイイでぇ~す」


「あ、じゃあ僕もソレで」


「うん、いいよ」


「俺も」


 一年の鈴音すずねちゃんが片手を上げて発言すると、一年の男子はそれぞれが異存なしだと同意する。


「二年の女子は?」


 慶があたしと亜紀に振ったけれど、あたしはこんなだし、亜紀だって慶から呼び掛けられて恥ずかしいのか、俯いて黙っている。


 それであっさりと決まってしまった。



 地面に人数分の線を引き、男子と女子の名前を上下に分けて書く。そして各自がランダムに横棒を引いて、クジを完成させた。


 一年生同士、二組が簡単に決まってしまい、残ったのは、一年男子一人に、あたし達二年生の女子二人。そして最後に残っている慶だ。


「残ったのはこの四人だから、ワンペア決まればすぐだね」


「あ、ああ、アタシまだもう一本線を入れてなかったわ!」


「え?」


 あたしは素早く踵で、クジの中に一本の横棒を引いた。


 慶は『何をするんだよ』とばかり、あたしを、見上げる。


 だって……仕方が無かったの。このまま何もしないでいれば、あたしは……あたしは慶とペアを組む事になってしまうんだもの。


 慶の事を想っている亜紀が居るこのチームで、彼女を差し置いてあたしが慶と組むだなんて……そんなの、あたしが平気で居られるハズが無いじゃない。それに……昨日の事だってある。とにかく、今は慶とは顔を合わせたくないし、口だって利きたくないの。


 胸の中に大きな鉛の塊が入っているみたいだった。苦しくて、苦しくて……出来る事ならこのまま体調が優れないからとでも先生に言って、早退しようかとまで考えた。


「香代、香代が最後に引いた線のでお陰で、あたし秋庭くんと組む事になっちゃった」


「良かったね」


「……うん」


 慶とペアが組めると知った亜紀は、もの凄く嬉しそう。彼女のその無邪気な笑顔のお陰で、あたしは早退案を頭の中で却下する事にした。



  *  *



「あれ? アキバケイ? なんでお前が遠藤とくっ付いてンだ?」


「え?」


 アウトコートに現れた慶と亜紀の姿に、初戦の対戦相手になった田村くんが呆れて言った。


「お前なぁー、なんで先生達が全員ごちゃ混ぜでダブルスをさせたのか判ってンのか?」


「え……?」


「お前なァ、空気読めよ。そんなに俺に勝ちたいのかよ?」


「い、いやそんな心算じゃ……」


 田村くんは、亜紀が慶の事を想っているのを知っているのじゃ無かったの? 彼が言う『ごちゃ混ぜ』チームには、二年生同士がペアになってはいけないだなんて、一言も言っていないのに。


 戸惑っている慶の傍で、亜紀がどんどん暗くなり、沈んで行くのが判った。


 田村くんは、黙って俯いてしまった亜紀をチラリと横目で盗み見ると、今度は慶に向かって不敵な顔をして笑う。


「ま、けど……そのままでもいいぜ? 俺が軽~く討ち取って遣るからよ」


「あ、あの……わ、私……」


「遠藤さん、別に先生は同じ学年同士が駄目だって言っていないから、気にする事は無いよ?」


 慶の声に、亜紀が顔を上げる。


 田村くんの挑発宣言に恐れを成したのか、亜紀の顔は今にも泣き出しそうだった。


「す……すみません。一年の後輩と……チェンジさせてください……」


 言うなり亜紀は慶を独りコートに残して、すぐ傍の校舎に逃げ込んでしまった。


 その場に居合わせた誰もが唖然とする。亜紀が交代をと言ったけど、ペアはもう既に決まっているし、慶だって今更他の子に換わって欲しいとは言い難いでしょうね。


「……」


 ごめんね……亜紀。


 あたし……あたし、もしかしたら余計な事をしちゃったのかな?


 亜紀の直ぐ後を追い掛けようと思った。けれども、こうなってしまった原因を作ってしまったのはあたしなのだと言う負い目が在って、この場から逃げ出す事も、亜紀を追い掛ける事も出来なくなった。


「おー! アキバケイ! こっちはダブルスで、お前はシングルスって……ど?」


 コートに独り取り残されてしまった慶に、田村くんが強気の発言をする。


 慶は少し迷ったみたいだったけれども、黙って事の成り行きを見守っていた藤野先生と視線を交わして、どうしたものかとお伺いを立てているみたいだった。


 藤野先生が軽く頷くのを見た慶は、コートへズイッと一歩大きく踏み出した。


「っしゃあ! 田村ぁ! この勝負……受けて立つっ!」


「おう! そうこなくっちゃな!」


 二人の遣り取りに興奮した部員全員が沸き立ち、大きなどよめきがコートを取り囲んだ。



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