第81話 ダブルス…1
「集合―――っ!」
長谷川キャプテンの凜とした声がコートに響き、給水タイムを取っていたあたし達は急いで、キャプテンが立って居るベンチ前へと駆け寄る。
キャプテンの隣には、顧問の岡先生が黒いクリップボードを手にして、なにかを書き込んでいる最中だった。
「先生、全員集まりました」
キャプテンの声を聞いた先生が、ボードから眼を上げると、集まったあたし達を見廻した。
「今日から混合ダブルスの練習が入ります。グループを作るから、みんな、男子のコートへ移動して」
「ええ―――っ?」
『混合』と言う言葉を聞いて、大半の女子部員がざわめく。中には嬉しそうな顔をした部員もいたけれども、殆どの部員が嫌だと言わんばかりの表情を浮かべた。
もちろんあたしも不満組の中の一人。
「ふぅん。先生も考えたわね」
「なにが?」
「もうすぐ県大会じゃない。他校との練習試合なんて中々都合がつかないらしいし。レベルアップを図りたいんでしょうね」
「そうなの?」
「きっとそうだよ。だって、男子には秋庭くんが居るんだもの」
姫香の推理に口を挟んだあたしは、亜紀の言葉にねじ伏せられる。
予想外の展開で上機嫌の亜紀とは対照的に、煩わしくなるくらい重いと感じる足を引き摺りながら、あたしはのろのろと男子コートへ向かった。
男子軟式テニス部は、女子部の去年の成績を照らし合わせると、残念ながらレベルが低い。女子は県大会総合で三位だけれど、男子は六位。去年、新人戦で強豪の東雲中学と善戦したけれども及ばなかった慶の成績を含めたとしても……だ。
レベルが同等か、若しくは自分達よりも上ならば対戦する愉しみもあるのだろうけれど、成績上、明らかに差がついている男子部との練習だなんて、そもそも何のメリットがあるのかしらと思ってしまう。
ううん。これはもしかしなくても、男子部員のメリットであって、あたし達は単に男子の練習台になっているのかも知れないわ……そう思うと、尚の事合同練習だなんて参加したくない。
――何より、慶が居るんだもの。
あたしはこの時ほど自分が慶と同じテニス部員だと言う事を後悔した事は無かった。
だって、昨日の煮物の件があったばかりの……よりにもよって次の日なんだもの。暫くは慶と顔を合わせたくないと思っていたのに。
慶に誤解されたまま、解く事さえしないで逃げ出す様に家へ帰ったあたし。誤解されて悔しかったわけじゃない。慶の心に近付きそう……届きそうだと思う度に、親友の亜紀の顔が浮かんで……どうしてもそれ以上近寄れなくなってしまい、悲しくなってしまう。
あたし達が男子コートに向かったのを合図に、男子の浅井キャプテンが部員を集める。
「えー、今日から混合ダブルスの練習をする。今日から時間の半分はその練習だ」
「え―――っ?」
「混合ぅう~?」
「ヤッタァ!」
顧問の藤野先生がそう言うと、男子部員それぞれが賛否両論の反応を示す。
「女子だからって甘く見ていたら痛い目を見るぞ。練習でもトーナメント形式。試合だからその心算でいろよ?」
「ハイ!」
覇気のある短い返事が帰って来る。
女子部員の最後の方から付いて来たあたしなのに、男子部員の最前列に居た慶と視線が合ってしまい、あたしは思わずそっぽを向いた。
「お~お、男子はもうその気になっちゃってるのね」
拍子に、隣に居た姫香の横顔を見る事になったのだけど、姫香は自信ありげな眼力でもって、男子部員を挑発的に睨み付けながらそう言い、姫香の向こうで亜紀が恥ずかしそうに浅く俯いていた。
「いいなぁ。俺も入りたかったなぁ」
先週、自転車の事故で怪我をしてベンチ入りになってしまった門田くんが、羨ましそうにボソリと呟いた。
左足の靭帯を痛めたらしく、ぐるぐる巻きにされた白い包帯が痛々しい。
そう言えば、門田くんは慶のダブルスのペアだった事を思い出した。だけど、怪我の状態から、とてもじゃないけど県大会までに完治して、試合に参加出来そうには見えない。
必然的に、慶のペアが居なくなるのだけれど、先生はどうする心算なのかしら?
そんな事を考えていたら、名前を呼ばれた。
「土橋? 居ないの? 土橋?」
「あっ、ハイ!」
「呼ばれたら、すぐに返事をする」
「すみません」
イタタ……岡先生に怒られちゃったわ。
肩を竦めると、既に別のグループに行った姫香から『ドンマイ!』と声を掛けられてしまった。
「土橋はBチームに入って……次、遠藤」
「はい」
「同じくBチーム。次、金子……」
先生の指す場所へ移動すると、すぐ後ろから亜紀が付いて来た。
「香代、同じチームだね? 頑張ろう」
「う、うん……」
嬉しそうな亜紀に対して、端っから気乗りしないあたしは、曖昧に言葉を濁してしまう。
「じゃあ、次は男子のグループ分けだ。浅井」
「ハイ!」
「Aチームだ。次、秋庭……」
「……」
慶に対する藤野先生の指示を聞いたあたしは、一瞬、自分の耳を疑った。
頭の中が真っ白になって時間が停まってしまう。