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第8話 小さかった頃の慶

 あたしが小学校へ進学する年の三月。例年よりも風が無くて、暖かで穏やかな日差しの小春日和に、慶はお隣に引っ越して来た。


 うちに挨拶に来たのは、優しそうで背の凄く高いおじさんと、少しぽっちゃりして良く笑う、可愛らしいおばさんに、綺麗で素敵な女子高校生の美咲さん。そして、美咲さんの後ろに隠れるようにして、そっとあたしを見詰めていた慶が居た。


 慶は、あたしの従兄の駿しゅんちゃんよりも小柄で、あたしと大して変わらない背格好だった。


 肌が白くて眼がぱっちりとした可愛らしい子だったし、名前が『けい』ちゃんだったから、あたしはお隣に女の子が引っ越して来たのだと勘違いして喜んでしまったもの。


 慶は生まれつき身体が弱くて、年に何回かぜん息の発作を起こすらしく、ご両親は発作がよく起こる夜中に慶を救急病院へ連れて行っていた。


 見るからに貧弱そうで、少しきつい言葉を掛けるとすぐに涙ぐんでしまうほどの意気地なし。


 あたしの知っている男の子ときたら、やんちゃ盛りな子しか居なかった。


 駿ちゃんなんか、ダイニングテーブルからジャンプして着地に失敗し、救急車を呼ぶ騒ぎになったり、下りの坂道を整備不良の自転車で疾走して壁に激突。この時も救急車沙汰になっていた。他の子だって駿ちゃんほどじゃないけれど、余所の飼い犬をいじめて咬みつかれたり、種まきがやっと終わった畑へボールを拾いに侵入して、農家のおじいさんにこっ酷く叱られたり、余所の家に駐車している車にボールを当ててしまったり……とにかくそんな事をする子達ばかりだったから、おとなしい慶は、あたしにとって一種不思議な存在だった。


 だって、男の子がちょっとした事でメソメソ泣くだなんて、あたしにとってはあり得ない事だったもの。


 だから、ものの数週間と経たないうちに、見兼ねたあたしは慶のお守役を買って出てしまった。


 何かあるとすぐに『香代ちゃん、香代ちゃん』とあたしを探しては後追いしていた弱虫の慶。


 でも高学年になった頃には、慶のぜん息の発作も治まり、殆ど症状が出なくなっていた。それは慶があたしの想像以上に努力家で、負けず嫌いだった事が幸いしたらしい。


 小さかった頃『泣き虫』だったのは、『悲しくて』泣いていたわけじゃなく、『悔しかった』から。本当は人一倍負けん気が強くて……でも自分の弱い身体が思うように利かなくて、悔しくて泣いていたのだと言う事を、あたしは最近まで見抜く事が出来ずにずっと誤解していたのだ。


 慶は基礎体力を強化しようとスイミングや軟式テニスも自分から積極的に遣り始め、最高学年の今年には、テニス部の『主将』になっていた。くじ引きで主将を決めたそうだから、最初は慶の事を少し軽く見ていたのだけれど、それなりに実力が伴っていないと……何よりも部員が慶について来てはくれないだろうと思う。


 そして、気が付けばいつの間にか、慶は滅多にあたしを頼るような事をしなくなって、お守役だったあたしと並び、対等の立場になっていた。



 そんな慶に、不覚にも涙を見られてしまっただなんて……


 慶に助けて貰いたいだなんて思ってやしなかった。むしろその逆で、あたしは立川に絡まれた事を、真っ先に慶に知られたくはなかったのに。


 でも、助けて貰ったのはくつがせない事実。しかもあたしの涙まで見られてしまった……


 立川達が絡んで来た時に現れたのが、よりにもよってどうして慶なの?


 あたしは自分の運の無さに落ち込んでしまった。



  *  *



 立川達の悪口の嫌がらせは、その時だけじゃ終わらなかった。


 あたしが傍にいるのを目敏く見付け、事あるごとに言い掛かりを付けて来ては面白がって『アキバカヨ』を連発する。



『よー、土橋……って違った、アキバカヨ』


『おい、アキバ』


『なあなあ、アキバカヨ』



 ったくもう! 一々しつこいんだから! 


 あたしは慶とは関係無いって、何度言わせれば気が済むのよ? 一体、このあたしに何の恨みがあるって言うの? あたしは立川の事なんか全然知らないし、関わり合いになりたくなんか無いのに。



 『あの事』があってから、立川は何かとあたしを呼び、引き合いに出して来ては些細な事や面倒な事を押しつけ、言い掛かりを付けてからかって来るようになった。


 最初は真に受けて怒っていたあたしだったけれど、そのからかいが幼稚でくだらないものだったから、あたしは徐々に相手をするのが鬱陶しくなって行った。


 そもそも、立川から嫌な眼に遭わされていたこのあたしが、まともに相手をする必要など無いのよ。


 だからあたしは素知らぬ振りで無視を繰り返していた。

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