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第79話 切ない勘違い…1


「出来た……」


 あたしは両手を後ろへ廻して、着馴れないエプロンの紐を解いた。


 お鍋でコトコトと煮込んだ筍は、ほんのりとお醤油の色が染み込んで、良い色合いに出来上がったみたい。……だけど、筍の煮物だけでこんなにキッチンが汚れるものなのかしら?


 あたしは雑然と散らかった台所から、思わず眼をそむけてしまった。


 出来たての筍を小鍋に取り分けていると、立ち昇る湯気からは、甘いお醤油の香りがしてとても美味しそう。



――なに? あたしだって、やれば出来るじゃないの。



 思っていた以上の出来栄えに満更でも無いあたしは、自然と頬がゆるんでしまう。


 後は、顧問の先生に呼び出されて居残った慶が、家に帰って来るのを待つばかりだわ。そう思って、窓辺でお隣の慶の家を眺めたら、お隣のキッチンから明かりがこぼれているのに気が付いた。



――誰かが帰っている。



 きっと慶が帰って来たのだわ。


 お母さんが作ったキルト製の鍋掴みを手にすると、あたしは落さない様に小鍋の取っ手の部分をしっかりと握った。



  *  *



 慶の家の門まで来ると、ドアに取り付けられているウエルカムベルの、金属特有の涼しそうな音が聞こえて、あたしに家の誰かが出て来た事を知らせてくれた。


 訪ねて行っているのに、向こうから出迎えられたような気がした。そして出て来た人影を眼にしたあたしの心臓が、ドキリと大きく脈打つ。


 玄関の明かりに照らされて現れたのは、白いTシャツに着替えた慶の姿だった。だけど、今から何処かに出掛けるみたい。ドアに鍵を掛けると、鍵がきちんと掛かっているかどうかを、ノブを何度か捻って確認している。


 帰宅直後の慶の外出を予想していなかったあたしは怯み、気後れしてしまった。


 慶は門の所で立ち止まっているあたしに、まだ気が付いてはいないみたいで、自転車を出す心算なのか、あたしに背を向けて奥の倉庫の方へさっさと歩いて行く。


 早く声を掛けないと、慶が何処かへ出掛けてしまう……早く引き留めなくちゃ……


 そう思えば思うほど、焦って声が出せなかった。


 だって、周りにはあたしと慶しか居なかったから。不思議な事に、二人っきりだと思うと、余計に足がすくんで身体が強張ってしまう。以前は何でも気兼ね無くお互いに話し掛けられる仲だったのに。



――落ち付けあたし!


 自分に言い聞かせようとすればするほど逆効果で、体中が熱くなってしまう。きっと、顔だって凄く熱くなっているから、真っ赤になっているのだわ。相手はお隣の慶なのよ? なのに、どうしてこんなに慶の事を強く意識してしまうのかしら?


 立ち竦んだあたしは、慶の後ろ姿をじっと見詰めてしまう。


 このまま慶が出て行って、渡せ無くなっても良いの?


 慶が出て行っても、家には美咲姉さんが居るかも知れないし、別に慶に直接渡せ無くても……そう思いながら、慶が歩いて行く先にある空いた倉庫の中を覗くと、美咲姉さんの車は無かった。


 美咲姉さん、まだ帰って来ていないのだわ。


 選べる選択肢の中の一つが消えてしまい、あたしは更に焦ってしまった。


「ど、どこに行くの?」


 思い切って声を掛ける。


「え? そりゃあコンビニへみりんを買いに……ってええっ?」


 いきなり背後から呼び止められた慶は、驚いて飛び上がった。そうして恐々肩越しに振り向く。


「か……香代?」


「んなっ、なによ? そ、そんなに驚かなくったって……い、いいじゃない」


 慶の大袈裟過ぎる程のリアクションに、思わず吹き出しそうになる。


「どしたの?」


「あ、相変わらずアンタってKYだよね?」


 お鍋を持って来ているのに、慶は気付いていないのかしら? 急に今日の部活での出来事を思い出してしまい、あたしは少しだけ機嫌を損ねてつい、憎まれ口を叩いてしまう。


「悪かったな。KYで」


「……」


 言い返して来た慶の声は、疲れのせいか少し掠れているように聞こえた。


 無理も無いわ。今まで、家族を支えていたお母さんが入院して、急に居なくなっちゃったんだもの。家の事を任されていろんな眼に遭った慶が、疲れていて当然なのかも知れないわ。


「何か用?」


 慶がそう聞いて来た途端に、タイミング良く慶のお腹が自己主張して鳴った。


 もしかしたら、あたしが持っている小鍋に気が付いたのかも知れないわ。


「あっ、あの……こ、コレね……」


「それって『ウチ』へ『おばさんから』の差し入れ?」


「……」


 慶の思わぬ一言に、あたしは小さく息を飲んだ。


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