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第78話 香代の決心


「別にあたしと恭介が、お互いに『付き合おう』だなんて言ってなんかないわよ?」


「だったら……」


『どうしてみんなから認められているの?』と言いたかったけれども、姫香の穏やかな表情を見ていたら、聞くのがなんだか億劫おっくうに……と言うか、聞いちゃいけないような気がした。


「今は『気が合っている』って言っておくわ。恭介の考えそうな事がなんとなくだけど判るから」


「……」


 相手の事がなんとなく判ると言うのなら、あたしだって……と思った。


 だけどそれは昔の話。泣き虫で弱々しくて、いつもあたしの後ろを追い掛けて付いていた、小さかった頃の慶との話だわ。でもあたしはそんな慶との仲を、自分から断ち切った。あの時は、どうしてあんな事をしてしまったのか、自分でもよく判らなかったけれども……時間が経った今のあたしなら、判るような気がする。



 慶は友達から冷やかされても、何も言い返さず勝手に言わせていた。でも、あたしは慶とは違っていた。姫香達やクラスメイト……周りから冷やかされたり、からかわれたりして、自分が辛くなってしまったから。


 お隣で幼馴染だと言うだけで……ただ、慶と気が合うからと言うだけで、からかわれたりするのが恥ずかしくて嫌になって……だからあたしは……


 なのに、今のあたしは田村くんと仲が良い姫香がとても羨ましく思える。そして、もしも望みが叶うのならば、もう一度……慶と何の気負いも気兼ねもしないで、あたしらしく自然に振舞えるようになりたいと思った。



 あたしが余程思い詰めた顔をしていたように見えたのか、姫香が心配そうにあたしの顔を覗き込む。


「あのね? 難しく考えてちゃダメだって」


「え?」


「アキバケイ、お母さんが家に居るのに自炊しているらしいじゃない。この前にキョウがアキバケイと一緒に外周ランさせられていたじゃない? あれって、アキバケイから卵の調理方法を訊かれて、それに答えていてキャプテンに叱られたのだって」


「……」


『ううん。お母さんは今入院していて、昨日お父さんが帰って来たよ』と言いたかったけれど、慶のお父さんの事を話せば入院の事も話さなくっちゃいけなくなると思って、ぐっと言葉を飲み込んだ。


「アキバケイが料理に目覚めたのかどうかは知らないけど、晩御飯はカレーに肉じゃが、シチューのローテーションなんだって」


「それって……」


「そう。お肉に玉ねぎ、ジャガイモにニンジンって言う、お~んなじ食材。なんかさぁ、メニューを聞いた時、あたしは呆れたわ。幾ら野菜が旬だからって、よくも飽きたりしないわよね」


「へ、へぇ……そう」


 確かに、慶のお母さんが入院してからは、風向きの関係で慶の家の晩御飯の匂いがしていて、姫香が言っていた三品の匂いが日替わりで香っていた。


 てっきり美咲姉さんが作り置きでもしているのかと思っていたのだけど、まさか慶が本当に自炊していただなんて……


 想像していた以上に慶が苦労していた事実を聞かされて、あたしは何だか自分が情けなくなった。お隣に住んでいるのに、こんなに近くに居るのに、慶の事を知らない……知ろうともしなかっただなんて。


 そんなのじゃダメに決まっているじゃない。仲の良かった頃に戻りたいと思っていても、ただ想っているだけじゃ、そこから先へは絶対に進めない。だったら、今なにをすれば良いのか……なにをすべきなのかが見えて来た気がした。


「でさぁ、日頃のおかずに不自由して飢えているアキバケイに、ココで香代がちょっとした手作り料理を出す……ってどぉ?」


「あ、あたしが?」


「でなきゃ、誰が? ヨリを戻したいのじゃなかったの?」


「あ……あたしは、そっ、そんな事……」


「『言って無い』だなんて言わさないわよ? 照れないの。ちゃあんと顔に書いてあるんだからぁ」


 嬉しそうな姫香の言葉に、あたしは自分の顔がもの凄く熱くなって行くのを感じ取った。



  *  *



『手作りの』……って、一体どんなおかずを作れば良いのかな?


 家に帰ると、早速あたしは自分の家の台所へ立った。だけど何を作れば良いのか判らない。


 あたしはお母さんが台所に置いている料理の本をパラパラとめくってみた。料理の本に出ている出来上がりの写真は、どれもすごく美味しそうだけど、上手に出来るかどうかの自信さえ無かった。


 恥ずかしいけれども、あたしの調理の腕はまだまだ未熟で、姫香や田村くんにはとうに及ばない。


 姫香から、簡単なおかずなら慶が試しているはずだからと言われ、少し変わった食材や、特に季節の露地物が良いと言われたけど、冷蔵庫を開けてみても、中には特別これといった食材は見当たらなかった。


 そんなあたしが何気なく視線を移した先で眼にしたものは、昨日お母さんがご近所のおばさんから貰った大きな筍が、勝手口の傍に置かれた新聞紙に包まれていた。


 お母さんも、今日か明日には煮物にするのだと言っていたし、これなら旬の季節の野菜だわ。冷蔵庫には油揚げも入っているし、丁度煮干しの良いのが手に入ったわって言っていたから、お出汁ダシの問題もクリア出来るわよね。


「えっと、確か筍の煮物は二十五ページ……なになに? 筍は二・三枚皮を取り除き、縦に包丁で切れ目を入れて米ぬかと一緒に茹でます……『米ぬか』って、もしかしてこの袋の中身?」


 新聞紙の中に筍と一緒に入っていた、小さなビニール袋を手に取った。中には明るい黄土色をした粉みたいなものが入っている。



 あたしは帰宅直後の疲れも忘れて、戴き物の筍を調理するのに夢中になった。


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