第77話 きっかけ…
「ねぇ、姫香は田村くんとのきっかけって……どんなの?」
クラス内だけじゃなく、部内でも姫香と田村くんとの仲は結構有名で、気が付いたらいつの間にかくっついて居たって感じだった。
あたしも田村くんの事が気になっていたから、尚の事、親友の姫香に先を越されてしまったって言う感が強い。しかも、同じ部活で顔を突き合わせていたにも関わらず、このあたしが二人の仲を直ぐには気付けなかったと言う、悔しい想いをしちゃったんだから、今度は姫香が少しばかり困っちゃっても良いじゃない。
「きっかけ?」
「うん。そう」
「きっかけ……ねぇ……」
姫香は眼を細くして遠くを見詰め、田村くんと出逢った頃の事を思い出しているように見えた。
でも、あたしが真剣な顔で姫香の顔を覗き込んでいる事に直ぐに気が付くと、いつもの悪戯っ子みたいな眼をクリクリとさせてあたしを見詰めたかと思ったら……急に『ぷ!』って噴き出して笑い始める。
「な、なに?」
姫香の言葉をワクワクしながら待っていたせいか、彼女の笑顔に釣られてしまい、あたしもクスクスと笑い出す。
「あ、あのねぇ、ふふっ、香代はきっかけが無いと彼氏が出来ないって思ってる?」
「え? そうじゃないの?」
「くくく……ふふっ、無いわよぉ。そんなの」
「ええ~?」
何だかガッカリ……だけど、じゃあどうして姫香は田村くんと部内でも公認になっているワケ? 絶対におかしいわよ。
「くすくす……な、なに笑いながら『ええ~?』なんていうのよ? くすっ……器用な子ね」
「ふふふ……あによう。姫香だって笑ってるじゃない」
「こっ、これはあんたが……くくっ……真剣になって……」
「うわぁ~~~ん! 人のせいにして笑いに巻き込まないでよ、もおー! お、お腹イタイ……」
「きゃはは……」
姫香の笑いに誘われてしまい、あたしは真剣に話が出来なくなってしまった。真面目に訊いているのに、どうして笑ってごまかそうとするのよ? それとも本当に面白い質問をあたしがしちゃったって事なのかしら?
二人で一頻り笑うと、やがて姫香が口を割った。
「でもまぁ、きっかけって言われてみれば、そんな感じのシチュエーションはあったのかなー?」
「あったの? なーんだ。やっぱりあるじゃない。んねぇ、ねぇ、教えて?」
「ん~、どうしようっかなぁー」
「って、そんな意地悪しないで教えてよぉお~」
思わず姫香の両肩を掴んで揺さぶる。
「そんな大袈裟な事じゃ無いのよ。話したって詰まらないくらいの」
「でも訊きたぁ~い」
「あたしも恭介(田村くん)と似た様な家庭環境だからね。なんとなく、他の子よりも空気が読めるって
言うか……去年の夏休みの終わり頃、恭介が五日間連続で部活を休んだ日があったでしょ?」
「ああ、確か弟くんが熱を出して、田村くんが看病していたんだよね」
あたしは去年の夏休みの事を思い出した。
あの日……初日は連絡が無かったけど『暑いからサボったんだろう』ってみんなから言われて、誰も田村くんの事を心配してはいなかった。事実、他にも両親の実家に遊びに行ったりして連絡が取れなかった部員は何人も居たし、夏休み中に無断で部活を休んだからと言って、それを酷く咎めるほど顧問の先生は厳しくは無かった。
男子・女子ともに顧問の先生方は、どちらかと言えば部員の自発的な取り組みを評価するタイプだったから。だから幽霊部員になってしまった八神くんの事も、除籍したりはしなかったし、その事で男子部員との関係がぎこちなくなってしまったのだけれど……
「それまで恭介はずっと真面目に練習来てたし、本人は前の日まで元気だったからね。家で何かあったのかな……って」
「それで田村くんの家へ行ったの?」
「うんそう。で、恭介ん家へ様子を見に行ったら、やっぱり駿介くんが熱を出して寝込んでて、おまけに看病していた恭介もなんだか具合が悪そうだったから」
「そ、そう……」
田村くんの家庭が父子家庭なのは知っていた。弟さんが少しだけ病弱なのも。だけど、田村くん自身料理は得意だと自慢していたし、弟さんが寝込む事だって今までに何度もあったそうだから、別にあたし達が心配しなくても田村くんなら何とか乗り切れると思っていた。
でも、姫香は……そうじゃなかったのね?
「最初あたしが来たのを知って、恭介はびっくりしてさ。『何で来たんだ?』って。でも、気になって仕方が無かったから……それにあたし、こう見えても料理は得意だから、恭介が治るまで勝手にご飯作りに行ってたの」
「勝手に……って……」
「そう。勝手にね。でも、口では『迷惑を掛けるからしなくて良い』って言っていたけど、本心から言ってはいなかったから、二人が元気になるまで通っちゃった」
「はぁ……お見舞い? って、それが……きっかけ?」
あたしには、姫香が強引に田村くんの自宅へ押し掛けて行ったみたいにしか聞こえなかったんだけど……?
「うーん、だからってワケじゃ無いわ。お見舞いに行ったから付き合い始めたとか、彼氏・彼女の間柄になれたって『してくれた感』が強過ぎて、そんなの嬉しくないわよ」
姫香は、恩着せがましい事がきっかけで付き合い始めたのじゃ無いと言った。確かにそれって交換条件みたいで嫌だし、第一そんなの長続きなんかしないと思う。
「じゃあ何よ?」
「放って置けなくって……なんとなく……かな?」
姫香はあたしから視線を逸らせると、頬をぽっと紅くさせた。
「……」
『なんとなく』って、なに? 一体どういう意味なの?
あたしは、今まで見た事も無かった姫香の照れた表情に、呆然としてしまった。
――姫香、綺麗……
姫香って、普段ボーイッシュな感じが強いのだけど……こんなに女の子っぽくって綺麗だったかしら?
「ねぇ、香代は赤い糸って信じてる?」
姫香の横顔に見惚れていたら、にっこりと姫香が微笑みながら、左手を軽く握って小指を立てて見せる。
「あ、赤い……糸?」
頭の中で何故か慶の顔がちらついて来て、自然と頬が熱くなるのが判る。
「うんそう。『この人ね』って、運命を感じる赤い糸。だからと言って、別にその相手が自分の一生の結婚相手だ……なんて信じ込まない方が良いんだけどね」
「はあ?」
『運命の赤い糸』って、そもそも『そう言う相手』の事を差すのじゃないの?
「だからさぁ、『結婚相手』だとかってそう信じ込んじゃうと、相手が重荷に感じて逃げちゃうって事なの。まあ、香代にはまだ判らなくて良いけど」
「えー、なにそれー?」
「自分と向かい合って素直になれないコには、まだまだ『お子様』で居て貰いましょうねってコトなのよ~」
そう言って、姫香は悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべた。