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第76話 不機嫌な香代

『遠藤さん、サンキュ!』


 慶の言葉に真っ赤になって俯いていた亜紀は、少し『間』を置いてからこくりと浅く頷いた。肩に掛った亜紀の艶やかな黒髪がさらりと流れて、慶の言葉に対してこころよい返事をしたように見える。


「……」


 二人の何気ない遣り取りが、急に羨ましく思えた。慶と亜紀の二人だけの世界が出来てしまい、あたしと姫香の存在が慶達から掻き消されてしまったように思えて切なくなる。


 もしも……もしもあたしが、亜紀と同じ言葉を彼女より先に掛けたとしたら……慶は亜紀と同様、あたしにも笑って応えてくれたのかしら?


 会心の出来だったサービスをあたし達に披露し、褒めてくれた亜紀に向かって、自信満々の笑みを浮かべている慶に対して、あたしは何故だか素直に認める事が出来なかった。


 そうして次の瞬間、あたしは自分の存在を主張しようと焦る余り、剥きになってとんでもない言葉を口にしてしまう。


「なっ、なによ。あの程度のサービスくらいで……ち、調子になんか乗らないでよね」


「ホント。なーにが『サンキュ』よ! 格好付けちゃってナルシ※)だわ。カラーコーンに当たったのって偶然でしょ?」


 ほのぼのとした二人の空気を微塵に砕くような容赦の無い鋭い突っ込みを入れてしまい、俯いていた亜紀がそのままの姿勢で固まったみたいに見えた。しかも、バレンタインの出来事以来『アンチ慶』に傾いている姫香が、あたしの肩を持って追い討ちを掛けてくれたのだ。


 けれども、そんなの……本当はちっとも嬉しくなんか……無い。


 自分でも、どうしてそんな事を口走ってしまったのか、そして、どうしてこんなに切なくなって胸がきゅっと痛くなるのかが判らなかった。


「なーんだ。川村に香代。居たの?」


 無愛想な慶の言葉に神経を逆撫でされてしまい、カッとなったあたしは、荒れた心に火を灯されたみたいな気分になる。


「んな、ナニよっ! 影が薄いアンタから無視される覚えなんかないわっ!」


「はぁ? よく言うよ」


 あたしの行き当たりばったりの棄てゼリフに、慶が肩をそびやかして※)軽く吹いた。そして右手に持って居たラケットを大きく振りかざすと、慶はビシッと正面からあたしを指して、不敵に口端を歪めてニヤリと笑った。


「香代、お前今、何も考えずに言っただろ?」


「な……」


「十分影が濃くって困っていますが……なにか?」


 今まで思いも寄らなかった慶の強い態度に、あたしは怯んで息を飲んだ。


 まさか『あの』慶が言い返して来るだなんて……この、あたしに向かって……


 泣き虫で、いつもあたしの後ろを着いていた男の子だったのに、今の慶は、そんな昔の面影なんか全く無い。むしろ、自信に満ち溢れて自分の意見をちゃんと口に出来る、少しばかり生意気そうな男の子になっていた。


「う、うううるさい! あ、ああアンタなんか黙ってオタしてりゃいいのよ!」


「香代? なに真っ赤になってんだ? ヘンだぞ?」


「んな、なな何言ってるのよ! アンタこそ変態だよっ!」


「はあ? 『変態』って……ナニ言って……」


「馬鹿っ!」


 興奮が限界を超えたのか、あたしは慶の言葉を鋭く遮ると、涙眼になってキッと睨んだ。


 あたし……どうしてこんなに怒っているの? 慶だって……なに冷静になっているのよ。普通、ここまで言われたら怒って当然じゃないの?


 なのに、慶は少しも怒っている様子を見せない。それが何故だか悔しかった。


「行こう? 香代、亜紀。アキバケイなんか放っておいて」


「……」


 姫香があたしを宥めながら、慶の事を肩越しからジロリと睨む。


 違う……違うのよ姫香。


 おかしいのはあたしの方。だけど、慶と亜紀との雰囲気が良過ぎて、息が詰まりそうだった。友達としてなら二人の光景を微笑ましく思えるのかも知れない。なのにどうしても胸の中にモヤモヤとした『つかえ』が不快で、仕方無かったんだもの。


『何しに来たんだよ?』……見上げた慶の顔は、あたしにそう言いたげな表情を浮かべていたように見えた。


 ああ、あたしってば自己嫌悪……どうしてあんな事を言っちゃったのかしら。これで慶はあたしの事を、余計に嫌いになっちゃったかも知れないわ……


 どんよりと落ち込んでいたら、二階の教室の窓から、日直の松原さんが亜紀を呼び、亜紀はそのまま教室へ戻って行った。


 亜紀の後ろ姿が校舎の陰で見えなくなったのを見計らうようにして、姫香がおもむろに口を開く。


「香代、あんたも言うわねぇ」


「え?」


「アキバケイの事、本当はやっぱり好きなんでしょ?」


「そ、そんな……」


 核心を突かれてしまい、あたしはどうすれば良いのか迷って視線を左右に彷徨わせた。


「『そんな事無い』って言いたい? ねぇ、亜紀は今此処には居ないんだし、別にあたしが聞いたからって、後から亜紀に言ったりなんかしないわよ。だから正直に言っても大丈夫だよ」


「う……」


 思わず自分の顔が強張ってしまう。


 姫香はあたし達三人の中で一番先に、田村くんと言う男子と付き合っている。此処で姫香が口にした『好き』という言葉は、もちろん恋愛感情での『好き』を意味している事くらい判る。


 だけど、本当に慶の事が好きなのか判らない。幼馴染のあたしは、慶のお守役として見守っていたはずなのに……


「判んない」


「は?」


「よく……判んないの。自分の事なのに……おかしいよね?」


「こらこら、またそうやってはぐらかす」


「姫香こそどうだったの?」


「うぇっ?」


 矛先ほこさきを向けられて、今度は姫香が上擦った返事をする。

※)ナルシ・・・ナルシスト。地域限定でしかこう言う言い方はしないかも知れません。(現在、中学生の息子達が使っています)


※)そびやかす・・・そびえるように、肩を高くいからせる。

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