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第74話 人見知り

 慶のお父さんが帰って来た。


 慶のお父さん――おじさんと会うのは、本当に久し振りだった。新聞記者をしているおじさんが名古屋へ単身赴任する事になり、最後に会ったのは……確かあたし達が小学四年生になる年の春休みだった事を覚えている。


 うちのお父さんよりも身体が大きいおじさんは、昔はいつも優しそうにニコニコ笑っていて、傍にいるあたしまで笑顔にさせてくれていた。あたしはそんな笑顔のおじさんがとっても大好きだった。


 大好きだった筈なのに……


 お酒を飲んでうちのお父さんと笑っていたおじさんは、あたしが大好きだった昔のおじさんとは、何だか少し違っていた。もちろん、帰省の長旅の疲れが滲み出ていたのは判るのだけれど……


 おじさんは慶のお父さんであり、同じ人なのに……


 それは、あたしがおじさんと何年も会っていなかったせいなのかも知れないとも思った。


『大きくなったね……』


 笑ってそう言ってくれたおじさん。だけど、あたしにはそんな自覚は無かったから、おじさんの言葉にどう反応すれば良いのか判らなくて、つい、愛想笑いしか浮かべられなかった。



「香代も人見知りしちゃったのかしら?」


「え? 『ひとみしり』?」


 お風呂に入るようにと呼ばれて下へ降りたあたしに、お母さんは微笑しながらあたしに向かってそう言った。


「『人見知り』……って、赤ちゃんがするものじゃないの?」


「そうね」


 失礼しちゃう。


「あたしは赤ちゃんなんかじゃないわよ」


「そうよ」


「んな、なにが『そうよ』なのよ」


 頬を膨らませてムッとなったあたしを見て、お母さんは眉を寄せて苦笑した。


 赤ちゃんの『人見知り』については、三年生になれば家庭科の授業で習うそうだし、まだ詳しくは知らないのだけれど、産まれたばかりの赤ちゃんは、眼が明いていてもまだ視力が無くて物がまだ見えてはいないらしい。その後、数か月して見えるようになり、自分のお母さんやお父さんの顔と、他の人の顔の区別が見分けられるようになる。その頃に、頻繁に外出して赤ちゃんを人と会わせていると、見慣れない人と会っても急に拒絶して泣き出したりするような『人見知り』のサインは出ないけれど、逆に家に閉じこもっていると『人見知り』の行動が出るのだと聞いた事がある。


 だけど、それはあくまで『赤ちゃん』の行動であって、あたしは何もおじさんを見て泣いたり、あからさまな拒絶なんて遣ってはいないのだけど?


「あんたくらいの年頃になると、今まで余所の人に挨拶出来て居たのに、急に気恥しくなっちゃって、今まで通りに出来なくなったりするものなの」


「で、でも、あたしはちゃんとおじさんに挨拶出来たわよ?」


「その時、少し恥ずかしく無かった?」


「っえ?」


「慶ちゃんのお父さんが引っ越して行く前の時と同じ様に、挨拶出来た?」


「そ、それは……」


 言い当てられて、ドキッとする。確かに、おじさんと久し振りに会うのは気が引けて、何だか恥ずかしくて嫌だったもの。


「別に気にしなくても、香代だけと言う訳じゃないのよ? 慶ちゃんだって恥ずかしそうにしていたし」


「って、それはおじさんが……うちに来ていたからじゃないの?」


「それだけだと思う?」


「……」


 何だかお母さんからからかわれているみたいで嫌な気持ちになった。


「心配しなくても大丈夫。お母さんもそういう時があったから。『お年頃』って言うのかしらね?」


「お……『お年頃』?」


『そう言う次期』……って『思春期』の事……なのかなぁ?


 あたしは脱衣所の中にある鏡の前に立って、自分の顔を見詰めた。


 おじさんの記憶に残っているだろうあたしの小学生の時の顔と、今の顔は少しばかり違っている。目線だって、背が伸びたからあの頃よりも高くなった。視線を下げれば……Tシャツに黒いジャージ姿だけれども、その下はそれなりに……あたしだって成長している……と思う。


 見た目、慶が大きくなって成長しているのと同じ様に。


 そして『心』も……


 いつの間にか、その場の雰囲気や居合わせたメンバーによって、思った事をストレートに言えなくなったりして、言葉に詰まってしまう場合が多くなって来たみたい。


『大きくなったね』――


 おじさんの言葉がまたしても聞こえたような気がした。



  *  *



 慶のお父さんが帰って来てくれたから、もう大丈夫よね?


 そう思って安心していた。


 ところが、次の日の五時限目。古文の授業の最中に、慶は居眠りをしてしまい、普段から授業を面白くないと思っていた連中からからかわれて、授業を中断してしまう騒ぎを起こし先生から注意されてしまった。


 もしかして、お父さんが帰って来てくれて、嬉しさのあまり眠れなかったのかしら?


 そう思うと、何だか慶がもの凄く単純で子供っぽく思えた。


 授業が終わった後で、職員室へ来るようにと先生から言われた慶は、肩を落として教室から出て行く。


「意外だわ。秋庭くんでも、居眠りなんかしたりするのね」


 慶の後ろ姿を見詰めて首を傾げながら、亜紀があたしに向かって聞いて来た。


「まぁ……ね」


「あれ、香代は何か知っているの?」


「え? ううん。知らない。って言うか、なんであたしがあんなのの事を知っていないといけないのよ?」


 亜紀の問い掛けに、思わず誤解されてしまうような微妙な合槌を打ってしまった。


 危うく誘導尋問に引っ掛かりそうになってしまったあたしは慌ててしまい、慶に対して反抗モードに切り替える。


「そ、そうだよね。変な事聞いちゃってゴメン」


「う、ううん。良いよ別に……」


 心穏やかではなくなったあたしは、亜紀から視線を逸らせる。


 危なかったぁ……慶のお母さんが入院している事を、思わず口にしてしまいそうになったんだもの。


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