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第7話 冷やかし

「なぁ、土橋?」


「なに?」


「お前、最近アキバ系と一緒じゃねーんだな?」


 姫香と亜紀の三人で理科実験室に移動中、後ろからクラスの立川くんが声を掛けて来た。


 立川くんはバスケ部の主将で、陸上全国大会に出場した高校生のお兄さんがいる。体育会系特有の負けん気としつこさを持っていて、何処となく不良っぽい所がある。噂では気が短くて喧嘩も強いらしい。あたしとしては苦手だし、近寄りたくないタイプの男子だった。


「別に。一緒じゃないと問題でもあるの?」


 立川くんに早く離れて欲しくて、あたしは気持ち身構えて、ツンと澄ましてソッポを向いた。


「なんでぇ、スカシやがって。聞いただけじゃんかよ。『アキバカヨ』」


「ははっ! それって『秋葉かよ』? いや、区切り方変えたら、『アキ馬鹿よ』?」


「!」


 男子二人のあおりに、全身がカッと熱くなった気がした。


 い、今……なんて? 


 なんであたしの名字が慶の名字になっているのよ? しかも傍に居た鈴原まで面白がって煽りを入れて来る。


 二人の嫌な言葉はショックだった。あたしの頭の中で割れがねのように鳴り響く。


 思いも寄らず耳を塞ぎたくなるような酷い言葉を投げ付けられたあたしは、言い様の無い強い不快感に見舞われて、きゅっと唇をひき結んだ。



「るさい! 立川! アンタこそ関係無いのに引っ込め!」


「じゃかぁし! オメーにゃ言ってねーじゃん!」


「厚かましいわね! 人の事言うんなら、自分こそどうよ!」


「そっちこそ黙ってろ!」


 姫香があたしを庇って、お互いにののしり合いの喧嘩になってしまった。日頃、口の悪い姫香は、この時とばかりに本領を発揮する。


「か、香代ぉ~」


「亜紀……」


 姫香達の剣幕に怖くなったのか、亜紀が泣きべそを掻いて心配そうにあたしを気遣ってくれるけれど……さすがに今のはいたわ……まだ頭の中がクラクラしてるもの。


 それに……


 知らなかった……慶と一緒に居た時は、こんな事言われたりなんかしやしなかったのに……慶から離れて周りを見れば、みんなそんな眼であたしの事を思っていたんだ。


 誤解なのだと言っても、みんなの眼からはそうは見えていないのだと知って、なんだか悔しくなって来る。



「大体アンタは卑怯だよ!」


「はぁあ? 俺のどこが卑怯なんだよ? フザケンナ!」


「あーやだ々。自覚が無いって……これだもの」


「な、なにをぉ……この……」


 乱暴な言葉に退くだろうと高をくくっていたらしい立川は、姫香の反撃に怯んで※)色をなす。


 姫香が果敢にも立川達に応戦している。しかも、この言い争いは一対二で普通なら分が悪い筈なのに、口が立つ姫香の方が優勢だった。勢いで『うるせぇ』とか『黙れ』とかを連発する立川に対して、姫香は立川達の出方を冷静に分析し、淡々と指摘するものだから立川達にとっては面白く無いだろう。


 先に立川が切れて暴力沙汰になりそうな……そんな険悪な空気に上り詰めた時だった。



「ナニ遣ってんだよ?」


「え? うわゎ……アキバ」


「わわ……」


 後から遣って来た慶の冷静な声掛けで、一触即発になってしまった危険な空気が一気に開放されて、委縮してしまった亜紀とあたしは、緊張の糸がほどけてホッとする。


「立川、準備係だろ? 早く行けよ」


「お? おお……」


「へー、噂をすれば……だな」


 慌ててその場から立ち去って行った立川とは違い、居残った鈴原が慶に絡もうとした。


 普段でも立川は、他の人には上から目線で見下して来るのに、なぜか慶には素直だ。そして、鈴原は誰にでも難癖を付けては人をおちょくって絡んで来る嫌な奴。但し、味方に付いてくれる仲間が居ないと咬み付けない。


「なんか用か?」


「いんや。別に。じゃあなアキバカヨ」


 場の空気を読んだ慶が、顎を引いて鈴原を軽く睨み付けると、分が悪いと覚ったのか、鈴原はあたしに再び『あの言葉』を浴びせると、まだ物足りなそうな顔をして立川の後を追い、行ってしまった。


「……? なんの話?」


 鈴原に肩透かしを食らった慶が、先に行った鈴原の背中を見送りながら、あたし達に誰ともなく訊ねる。


「なんの話? じゃないわよ。来るのが遅いって……」


「い、いや、な……なんでもないよ」


 対戦相手が居なくなってしまい、持て余して今度は慶に突っ掛ろうとした姫香の言葉を遮ろうと、あたしは慌てて大声を出した。


 あたしの挙動不審な態度を訝って、慶が首をひねる。


「香代ぉ……」


 あたしのすぐ後ろに隠れるようにして、亜紀が情けない声を出す。


「ほ、ホントに、だ、大丈夫……だからっ!」


「ならいいけど……あのさ……だったらなんで香代が泣いてんの?」


「知らないっ! な、泣いてなんか、いなっ、いないもん!」


 言いにくそうに慶はあたしにそう言った。


 慶との仲を誤解され、からかわれてしまったあたしは、必死になって平然を装った。けれど本人を眼の前であんな事を言われて……胸に後から後から込み上げて来る悔しさと恥ずかしさが入り乱れて来たあたしは、抑え切れない不思議な感情で息が詰まりそうだった。


 慶だって、鈴原の言葉を聞いている筈なのに……あたしを気遣っているのか何事も無かったように振舞っている。でも、その態度があたしにとっては余計に感情を逆撫でされている気がして、不愉快で堪らなかった。


※)色をす : 顔色を変えて怒りだすこと。

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