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第69話 あまのじゃく…6


『秋庭くんからよ』そう言って笑顔を浮かべながら、慶から預かった包みをあたしに差し出して来た亜紀の何気ない表情がどうしても頭の中で繋がらず、納得出来なかった。


 慶の事を一途に想い続け、あたしや他の女子みたいに気軽に慶と言葉を交わしたりする事さえ儘ならない亜紀にしてみれば、慶と幼馴染であるあたしはライバル的存在になるだろう。なのに、どうしてそんな笑顔であたしに慶からの預かり物を手渡せるの?


「どうしたの?」


「う……うん……」


 あたしは亜紀の反応に怯えて警戒しつつ、彼女の顔と差し出された包みとを何度も交互に見比べて、中々手を伸ばそうとはしなかった。


 差し出された平べったい包みは、淡い水色に白い水玉――少し皺になっちゃってて、中の物がくたくたになっているものか、それとも他に柔らかい素材を包んでいるものなのかも知れないと判る。


 とにかく、バレンタインの『お返し』にしては少しばかり不格好なものだった。


「これ、なに?」


 思い切って聞いてみた。


「嫌だ。だってこれ香代の『忘れ物』でしょ? 秋庭くんがそう言っていたの」


「は?」


「あ? ああ、ラッピングしているから判らなかった? 西門に近い水飲み場にあった忘れ物を秋庭くんが見付けて、香代の名前が書いてあったからって。昨日部活の帰りに渡そうとしたのに、香代が無視して帰っちゃったからって」


「あ? あ……ああ、あれ? な、失くしちゃったかと思ってたわ」


 忘れ……物? そんなもの、あったかしら?


 あたしの頭の中で、疑問符が乱舞する。


 あたしには全く心当たりが無かった。だけど、亜紀がそう思ってくれているのなら、受け取っても大丈夫。ううん、むしろ否定して受け取らなかったら、それこそあたしだけじゃなくて、慶の事さえ怪しまれる。


 あたしはしどろもどろになりながら、何とか慶と口裏を合わせることにして、改めて亜紀から包みを受け取った。


「秋庭くんが見付けてくれて良かったよね」


「う、うん……???」


 亜紀から受け取った包みには、ラッピングの紙を通して軽い布の様なふんわり感がてのひらに感じ取れる。


 何? 慶はあたしに何を遣して来たの?


 あたしは小さなドキドキを覚えながら、それでも亜紀の視線を気にしつつ慶が『忘れ物』だと言っていた紙包みを開けてみた。


 軽いカサカサという音を立てて、あたしは中に入っているものをのぞき込む。


「……わ」


 思わず『可愛い!』と口走りそうになって、あたしは大きく息を飲んだ。


 そこには、淡いピンク色のふんわりとしたぶ厚いスポーツタオルが一枚入っていた。あたしはそのタオルを引き出して拡げてみると、隅っこに黄色いヒヨコのキャラクターアップリケがされている。


 あたしがヒヨコのキャラクターを集めていたの、慶は知っていたんだわ……


 あたしの胸がどきんと大きく波打ち、次いで頬が熱くなった。


 これが慶の『お返し』だと言う事くらい、あたしには判る。だけど、あたしは素直に慶から受け取る事が出来なかった。だって、他の女子がいる眼の前で、慶が渡そうとなんかするから……聞き取り辛い程の小声で『お返し』と言ったから、あたしから未だに廻りの空気が読めない馬鹿って勘違いされたりするのよ。


 あたしは必死になって、慶を見下していた自分を心の中で弁護した。でも、幾ら弁護したって、あたしは慶に対して酷い思い込みをしちゃったのだわ――そう思うと何だか居心地が悪くて、自分が情けなくなって来る。


「へぇ~、香代、こんなの持ってたんだ」


「う、うん。可愛いでしょ?」


「うん」


 あたしにおでこをくっ付ける様にして覗き込んで来た亜紀に、タオルにあたしの名前が無いのを気付かれてはと、さり気無く半分に折り畳む。


「買って貰ったばかりだったのに、何処かへ失くしちゃったと思っていたの」


 誰から買って貰ったのかを伏せて、あたしは再び亜紀に合わせる。


「見付かって良かったね」


 黙ってこくんと頷くあたしを全く疑っていない亜紀の純真な笑顔に、良心がチクリと痛んだ。



 丁度その時、一時間目の授業のチャイムが鳴り、あたしはホッと胸を撫で下ろす。


 亜紀はあたしの席から離れ、他のみんなも自分達の席に座った。


 彼女の視線から解放されたあたしは、黙って斜め前に座っている慶の広い背中を見詰めた。


 慶が成長していなくて昔のままで居るのは、あたしの心の中だけに住んで居る慶なのだわ……と、この時強く思った。


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