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第67話 あまのじゃく…4


『香代からだとは言っていないし、別にあんたが食べないのならあげても良いでしょう?』


 頭の中で、お母さんの言葉が繰り返し何度もぐるぐると廻っている。


 確かにその通りなのだけど……でもあのチョコは大きさが全然違っていて、どう贔屓目に見てもお手製チョコ。しかもこの家でそんな事を遣りそうなのは、このあたししか居ないじゃないの。


 慶だって、あのチョコを作ったのはこのあたしだって、きっと気付いている筈だわ。


 どうしよう……今更慶の後を追い掛けて行って『返して』なんて言えないじゃない。 


 他の子達のチョコを手放した慶に、チョコをあげてしまっただなんて……亜紀や姫香達に気付かれてしまう前に、早くなんとかしなくっちゃ。



 それ以来、あたしは慶の事が気になって仕方無かった。まさかとは思うけれども、いつ慶がクラスでチョコの話をするかも知れないと思うと、それだけであたしは生きた心地がしない。だから、少しでも時間があれば自然と眼が慶を捜して泳いでしまう。


 ところが、慶の馬鹿はそんなあたしと視線が合う度に、何を想ってだかにっこりと笑顔を返して来るのだ。


 んな、何勘違いしているのよ? べっ、別に慶に気があるとか、そう言うのじゃ無いんだからね? き、期待なんかしたりしないでよ。あ、あたしは、慶があたしのチョコの事を口にしやしないか、み、見張っているだけなんだから。


 慶にチョコの事を言われちゃ困るのよ。その為の……だからこその監視なのに……


 気持ちは焦っているのに、自分の心の何処かで何故だかホッとしている部分が有る。どうしてなのかしら……なんでホッとしたりしているの? あたしは自分の気持ちがよく判らなくなって、凄く不思議だった。



  *  *



 あたしからの慶への監視は、いつの間にか『無意識の日常』となってしまった。慶と視線が合う度に慶はあたしに笑い掛け、あたしは慶の視線を振り払うように、ぷいとそっぽを向いてしまう。そんな毎日の繰り返しが一カ月近く続いたある日の出来事だった。


 今日も部活の練習時間に慶と視線が合ってしまい、グラウンドストローク中にも関わらず、思わず顔を逸らして、みんなの前で見事な空振りを披露してしまった。



 あたしが慶の視線を意識して嫌っている……?



 その事に最初に気付いていたのは、他でもない姫香だった。


「あ? 今アキバケイと眼が合ったの?」


「え? あ、ああ……」


 言われてハッと我に帰る。


「香代もアキバケイの事が嫌いになった? あたしはねぇー『嫌い』ってトコまでは行っていないんだ。でも、流石に『あの日』の事だけは許せないんだけどねぇー」


 その言葉に、姫香の後ろで順番を待っていた亜紀が反応する。


「仕方無いわ。そもそも、学校にチョコを持ち込んだりした私達女子が悪かったのだもの。秋庭くん、本当に困ったのだと思うわ。私も少し反省しているの。手渡しせずにみんなと同じに箱に入れたりしたから……『ばち』が当たったのよね」


「って……そこ?」


 微妙に焦点がずれているように思える亜紀の発言に、姫香が少々呆れて軽く突っ込む。尤も、あたしだって二人には内緒の隠し事で、慶の事を見張っている。それぞれが微妙に違う理由で慶の事を想っているのね……そう思うと、姫香の突っ込みに素直に笑えなかったあたしなのに、タイミング良くクスリと笑ってしまった。


「あ、あのぅ私、何か違っていたかしら? 香代までどうして笑うの?」


「い? いやぁ、別にそんなに深い意味は無いのよ。あんな事されたのに、亜紀は優しいなって……」


「そうなの? んー、そうなのかなぁ……」


 イマイチあたしの言葉が納得出来ていないような亜紀の反応に、あたしと姫香はお互いの顔を見合って苦笑した。




「はぁ~暑う! 香代、先に自販機に行っているから」


「あ? うん」


 練習が終わり、コート整備に走り回ったあたし達一年生は、グラウンド脇にある対面式の手洗い場で、順番に顔を洗って帰り支度を始めていた。


「……よ」


「?」


 コートに背を向けて顔を洗っていたあたしは、誰かに呼ばれたような気がして手を停めた。


 「……」


 気のせいだったのかしら? そう思ったけれども念の為に水道の蛇口を捻って水音を止める。


「香代?」


 あたしを呼んだ声……それは消え入りそうな小さな声だったけれど、確かに聞こえた。


「誰?」


「俺だよ」


 声の相手はそう言うと、反対側の手洗い場からヌッと姿を露わした。


「け……」


 ……慶?


「うん」


 対面式の洗い場の壁は、あたしが軽く屈むと反対側が見えなくなる程度の高さがある。立ち上がった慶はまた少し背が高くなったみたいで、あたしの視線からは伸び上がったように見えた。その身長に気圧されて、思わず委縮してしまう。


 慶は、顔を洗っていたあたしの廻りをキョロキョロと見渡して、姫香達が居ないのを確認していたみたいだった。


「な、何か用?」


「あ、あのさ……こ、これ……」


 てっきり、今まで無視を決め付けていたあたしに対しての苦情かイヤミでも言うのかと思って身構えると、慶は気の抜けてしまいそうな弱々しい声で何かを言い難そうにモジモジしている。


 拍子抜けしたあたしは、相変わらずの慶のそんな態度に妙に苛立ってしまい、強い口調で言い放った。


「なによ?」


「あの……これ、この前の『お返……」


 背後に廻って何かを隠していた慶の大きな手が、あたしの眼の前へ、何かの包みを持って差し出して来た。


 その瞬間、あたしはその日がホワイトデーだったのだと気付き、カッと頭に血が昇る様な厭な感じを覚えた。


「要らないっ!」


 慶の言葉に被せる様にぴしゃりと言って撥ね付けると、あたしは慶にくるりと背を向けて、その場から逃げる様にして一目散に、正門の道路向かいに置いてある自販機へと走り出す。


 あたしの周りに姫香や亜紀が居なくても、まだ一葉や他の女子や先輩達だって居る。そんな場所で堂々と……『お返し』だなんて言われたくないし、言って欲しいとは思わないもの。むしろその逆! 慶には、あたしのお母さんから貰ったチョコの事をそっとしておいて欲しかったのに……どうして……どうしてこんな時に……


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