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第65話 あまのじゃく…2


「ああ、香代ってば、本当はあの『箱』を見たんでしょう? あんなにたくさんの女子から想われているんだものね。そっかぁ。それでヤキモチかぁ……」


「ええっ! だっ……誰が『ヤキモチ』なんか妬くのよっ……あ!」


 勢いに任せて喋ったら、反応しちゃいけない筈の言葉に釣られてしまった。


 ハッと我に返ったあたしは、思いっ切り振り上げてしまった右腕をどうすればいいのか判らなくなって、しゅんとする。勢いを失くしてしまったあたしの腕は、肩から力が萎えてしまって、へなへなと元の位置に落ち付く。


「……やっぱり、惚けていたのね」


「そんな事だろうとは思っていたのよ。大体、香代の態度はバレバレだわ。別に長い付き合いだもの。香代の考えそうな事は読めるわよ」


「そうそう。気にする事なんか無いわ」


 クスクス笑う二人。あたしが嘘を吐いたのに、怒っていないの? それに姫香は慶にあげたチョコが義理チョコだとしても、亜紀にとっては本命くんでしょうに……


 そう言いたかったのだけれども、あたしはその言葉を口にはしなかった。どうして言い出せなかったのかは自分でも判らない。ただ、慶についてそれ以上の事を聞こうとすれば、あたし達三人の仲が壊れてしまいそうな……そんな気がしたから。



  *  *



 一年に一度だけ、朝からチョコ話題で女の子達が盛り上がるその日は、一時間目の授業からずっと慶の視線が気になっていた。別にあたしが意識して慶の事を見詰めた訳じゃ無くて、その逆。慶の方からあたしに視線を遣して来るのだ。


 始めは自分の気のせいだと思っていたのに……視線を感じる度に意識してそっちを見ると、そこには必ず慶が居て、あたしに向かって笑い掛けて来る。


 それってあたしへのチョコの催促なの? それとも今更だけど、貰ったチョコの数を自慢しているのかしら? もの言わぬ視線がそうとも取れて、あたしは不快感に煽られてしまい、慶と視線を合わせる事さえ億劫になり、何度も無視を決め付けていた。


 お昼休みに入ると、姫香が機嫌を損ねてあたしの席に遣って来た。


「どうしたの?」


「あたし、もう二度と『あんな奴』にチョコなんかあげないわ」


 口を尖らせた姫香の言葉が一瞬理解出来なくて、あたしは眼をパチパチとしばたたく。『あんな奴』て誰の事? 姫香がそう言っているのだから、相手は田村くんの事かしら? だけど、チョコの事で田村くんと喧嘩になりそうになるかしら? 田村くんも慶よりは少なかったけれども他の女の子からチョコを貰っていたし、そもそも姫香は『自分が想っている男の子が、他の女の子からチョコを貰えない様じゃカッコ付かない』って豪語しているくらいだもの。


「『あんな奴』って?」


「もう。名前を呼ぶのも嫌になっちゃう」


 珍しく姫香は不愉快全開で、それがあたしに対しても向けられている様な、そんな空気を読んでしまった。


 それって、まさか慶の事? そう尋ねてみようかと思った時、丁度日直だった亜紀がクラスの提出物を職員室へ届けて戻って来た。


「あ、亜紀! ちょっと聞いてよ!」


「なに?」


 教室へ戻るなり呼ばれた亜紀は、何事かと小走りにあたし達の許へと遣って来る。


「もう……信じられる? あのアキバケイ、今朝貰ったチョコ全部を先生に渡しちゃったのよ」


「ええ~~~」


 流石にこれにはあたしも退いてしまった。普段、学内にはお菓子類の持ち込みは禁止されている。だからこそ女子はこのバレンタインのイベントに、見付かれば叱られて取り上げられるのを覚悟でこっそりと持ち込んでいたのに。そんな事をすれば、来年から益々持ち込み難くなっちゃうじゃないの。


「いきなり箱単位で貰っちゃったからビックリしたのかしらね。あの馬鹿、本当に融通が利かないんだから」


 姫香が鼻息を荒くすると、亜紀は少しだけ悲しそうな眼をした。そして、微かな声で『そうなの……』と呟く。


 がっがりと肩を落として力無く俯いてしまった亜紀を見たあたしは、彼女とは正反対に頭にカッと血が昇って熱くなった。


 慶はなんて酷い事をするの? 亜紀がせっかく勇気を奮ってあげたチョコを……女の子の気持ちを無視するだなんて。


 そこで初めてあたしの頭の中で、今朝からの慶の挙動不審な視線が、姫香の話に結び付いた。


 何かを訴えたいと言う雰囲気はあたしにだって読み取れた。後ろめたい事をしちゃったから、慶はあたしに視線を遣して問い掛けたかったの? でも、残念だけどあたしは慶の相談役なんかじゃない。チョコの持ち込みを先生にばらしてしまった慶なんかもう知らないわ。



  *  *



「そう。それは慶ちゃん大変だったわね」


 シチューをお皿に盛りながら、お母さんはあたしの話を聞いて困った顔をした。


「誰が『大変』ですって? あんな自己中なのを、お母さんは味方するの?」


 お母さんの意外な言葉に多少なりショックを受けたあたしは、自分の考えが正論だと訴えたくて食い下がった。


「そりゃあ香代……今まで数人からしか貰えなかったチョコが急に沢山増えちゃうのよ。それもどこの誰とも判らない女の子から貰って……単純に嬉しいって思える? 第一、お返しだって考えなくちゃいけないでしょう? 慶ちゃんのお母さんが大変だって事、この前話したわよね? 入院しないといけないのなら、それなりに大きなお金が必要なのよ。慶ちゃんのお小遣いで如何こう出来る金額じゃなかったのでしょう? 香代、貴方が慶ちゃんの立場ならどう?」


「え? そ、それは……」


 あたしはそれっきり口を噤んでしまった。


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