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第64話 あまのじゃく…1


 小学校の『あの時』から、あたしは慶よりも遅れて登校するようにしている。先に家を出てしまえば、あたしや自分の立場といった『傍目』を意識する処か、全く考えていない慶が追い掛けて来るからだ。


 しかも、バレンタインのこの日は、いつもよりゆっくりと家を出て行ったのに、何故か慶の足に追い付いてしまったみたい。ううん、慶が自分の靴箱の所で立ち往生していたから、あたしが追い付いてしまったのだ。



「げっ!」


「!」


 正門に入るなり、慶の聞きたくない奇声を耳にしてしまい、朝っぱらからうるさいわねと言わんばかりにあたしは顔を顰める。


 見ると、慶の下駄箱の丁度真下に、宛名付きのA-3用紙大の段ボール箱が置かれていて、その中にはチョコレートがうずたかく積まれている。


「あ? か、香代……」


 登校して来たあたしに気付いた慶が、照れくさそうに段ボール箱の前に突っ立ってもじもじしながら、何かあたしに言いそうにしていたけれど、あたしはそんな慶を見た途端、急に不快感に煽られた。


「おはよ。早く退いて。邪魔だわ」


 あたしは慶のすがる様な視線を横顔に感じながら、それでもプイッとそっぽを向き、チョコの山の一切を無視して、自分でも驚くくらい冷たく慶に言い放った。そして自分の上靴用シューズに履き替えると、それっきり慶に背中を向けてしまう。


「はよう~っす。すっげーなオイ。さすがはアキバケイ。去年までとは全く違うな。後で俺に分けてくれよ」


「あ? ……あ、ああ……」


「はぁ? どしたい? 元気、ねーなぁ。こんなにチョコ貰える一年の奴なんてそんなには居ないぜ?」


「う……うん……」


「なにシケてンだよー」


 背後から、門田くんの声がした。


 あたしが来た時は、確かに戸惑っていたみたいだったけど、こんなに元気が無かったかしら……?


「うい~っす。おっ! アキバケイ様。そのチョコの『おコボレ』を是非良しなに~」


「おー、田村ぁ、おまいもか!」


「いやー、これで暫くはオヤツにあり付けるってモンだよ」


「全くだ」


「って、そう言う門田! て前ぇ自分の靴箱にあンだろよっ!」


「ああ?」


 門田くんは、会話の最中に靴箱を開けたらしい。田村くんが調子に乗って話している途中に、ドサドサと何かが床に落ちた音がして、田村くんが突っ込みを入れていた。


「これだからよー。ったく。自分のがあるってーのに、ナニ人様の分を横取りしようってンだか……って、うわっ!」


 ブツクサ言っている田村くんも自分の靴箱を開けたみたいで、門田くんの時みたいに複数の何かが勢い良く落ちる音が聞こえた。


「いっ痛ぇ~~~足に角がぁ! ダレだよこんなに重いチョコを遣して来やがるのは!」


「どれ? うわっ! 重っ! 板チョコ何枚分だコレ?」



 全く……馬鹿ばっか。そうやって女の子からチョコレートを貰って、浮かれて騒いで居れば良いのよ。


 何かが落下した音に反応してちらりと振り返ると、落した複数のチョコを拾おうとして背をかがめた門田くんと、それを一緒に拾ってあげている慶の姿が映った。けれども、あたしは慶の姿を見まいとして、ポニーテールを翻して再び正面へと向き直る。


 もじもじしていた慶は、あの時何を言いたかったのだろう。普通なら『凄いだろ?』って言って自慢してもいいんじゃないの? ……一度はそう考えたあたしだけど、慶の性格から考えると逆に『貰ってしまって困ったな』って所でしょうね。変な所で妙に几帳面な性格だから、送り主へのお返しとか。律儀に考えたりしているのじゃないのかしら?


「……」


 そこまで考えて、あたしは自分の顔が熱くなるのを感じた。


 なっ、なに慶の事なんか考えているのよ。大体、あれだけのチョコを貰っておいて、男の子の癖に、堂々としていないってどう言う事?



 あたしの予測していた通り、慶は今回初めて複数の女子からチョコレートを貰っていた。なのに、貰った本人は何処かオドオドとしていて……見ているとこっちが苛々するわ。




「おはよー、香代」


「はよー」


 教室の入り口前の廊下で、姫香と亜紀があたしの登校を待っていた。


「ねーねー、見た? あの『箱』」


 にやにやしながら早速姫香が口にする。


「え? 何の事?」


「嫌だなぁ~、とぼけちゃって。『箱』って言えば、靴箱の所に置いてあったアキバケイのチョコの事じゃ無い」


「あたし達もあの箱の中に入れて置いたのよー。だから、香代も入れているかなぁ~って」


 二人とも、あたしが素直にその箱の中にチョコを入れたと思っているのね? でも、残念でした。そんな事は遣りません。


「え? そんなのあったっけ?」


「え? 無かったの?」


「あ、もしかしたら、香代が着く頃には秋庭くんが部室か何処かに持って行ってしまったのかも知れないわね」


 惚けて嘘の返事をしたら、意表を突かれたのか二人とも驚いていた。


 誰が慶のチョコの話なんかしたりするもんですか。あんな不愉快なモノをあたしに見せ付けておいて、本人は『どうしよう……』だなんて気弱な態度を見せたりするんだもの。


「香代はもう渡したの?」


 亜紀の言葉に、あたしは首を横に振った。


「ううん。今年は誰にも渡す心算は無いもの」


「本当?」


 姫香の疑り深い視線が突き刺さる。


「うん。だって、学校に持って来てないモン」


 そう言ってあたしは自分の鞄を開けて見せると、二人は頭をくっつける様にしてあたしの鞄を覗き込む。


「ふうん。その言葉は本当みたいね。でも、そうなるとなんで香代は怒っているの?」


「え?」


 怒っている? あたしが?


「うん。顔……真っ赤だから」


「……」


 指摘されると尚の事、自分の顔が熱く火照ほてっている様に感じた。ついでに胸のドキドキが早くなる。


 きっと二人に『箱』の事で嘘を吐いてしまったからだわ。そう自分で納得出来たと思ったのに、姫香から意外な一言が……


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