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第63話 意地っ張り


――慶は……あたしが気にしなくたって、もう大丈夫なんだから……


 やっとそう思えるようになって、何だか胸の奥のつかえが取れたような……ふっきれたと言うか、そんな気になれたばかりなのに……


 あたしとしては思い出したくも無い、あれはついこの前のバレンタインでの出来事だった。



 去年行われた新人戦での健闘を学内で称えられた慶には、お約束みたいに慶を応援しようと言う女の子が増えた。中には、慶を意中の彼氏として付き合って欲しいと言う子まで現れる始末。


 あたしがこう思うのも何だけど、確かに慶の見掛けは『黙っていればカッコ良い』。背が高いお父さんの遺伝なのか、まだ中学一年生なのに身長は軽く百七十を超えていてまだまだ成長期真っ只中。


 しかも責任感が割と強くて、二年の先輩方が急に退部してしまってから、慶が副主将として男子軟式テニス部を上手に引っ張っている。見た目はしっかり者。部員の中には個性的な田村くんや、彼とは仲がもの凄く悪い幽霊部員の八神くん達が居るのに、それでも慶は主将の浅井先輩を立てて毎日練習に励んでいる。


 そんな慶の姿からは、あたしよりも気弱だった幼稚園の頃の面影は微塵も無い。


 練習中の慶はいつも真剣そのもので、時々見掛ける普段の府抜けた表情は窺えない。中学生になって、たった一年も経たないうちに副主将に選ばれてしまったのだもの。それだけ同じ学年の部員とは一線を画し、気を張り詰めて練習をしているのには違いないのだけれど……


 慶の眼に見えない努力に気付かずに『名前を聞いて知っているから』とか、『見た目がカッコ良いから』だなんて、そんな上っ面だけに惑わされてファンになる女の子達の多い事。


 きっと、今年のバレンタインは女子から沢山チョコを貰うのだわ……そう思いながら、あたしは姫香と亜紀に付き合って、デパートの一角に設置された、有名菓子店が主催している手作りチョコのコーナーへと足を運んでいた。


「このマカダミアナッツとカシューナッツ、アキバケイはどっちが好きかな?」


「ふ~ん、で、今年はナッツを入れてプレゼント?」


「うん、そう!」


「じゃあ、あたしは生クリームにしちゃおうっかな~」


 嬉しそうな姫香の弾んだ声に、亜紀が陽気に答えた。


 二人とも、今年も慶に渡す心算なのね? だけど、普通ならお互いライバル同士になるような雰囲気なのに、毎回そうならないのはどうしてなのかしら? しかも姫香は田村くんだけでもう良いのでは? と思わず言いたくなってしまう。


「ねえ、香代はどっちのナッツが良いと思う?」


「ど、どっちでも同じでしょ?」


「えー? 同じ豆でも微妙に味が違うんだからー。好みだってあるんだしぃ~」


 姫香はもう上機嫌。チョコに入れようとしている豆のサンプルを何種類も両手一杯に持って、あたし達との遣り取りの合間に、あれこれ店員さんと情報を交換している。


 そりゃあそうよね。三人の中で、姫香が一番先に『カレシ』が出来ちゃったんだもの。だけど、まさか恋愛相談相手だった田村くんと、いつの間にか『そんな仲』になっていただなんて……ちょっぴり羨ましいな。


「ねー、香代もアキバケイに作ってあげるんでしょう?」


 そう亜紀から言われたのだけれど……『ううん。今年は自分に作るの』だなんて言ってしまった。



  *  *



 全く……なんで毎年毎年バレンタインなんか在るのよ? いつも思う事なのだけど、お菓子屋さんの企みに世の中の女の子みんなが踊らされちゃったりなんか……しないんだからねっ。


 湯せんで溶かした甘いチョコの香りにくすぐられながら、台所に立ったあたしは多少なり自分の意味不明な行動に腹を立てて……そしてちょっぴり、何故か慶にも八つ当たりみたいな感情を覚えて腹を立てた。自分にチョコを作っているのに、どうして慶の事を思い出してしまうのだろうかと悩みながら。


「香代、なにこの買い物は? お菓子屋さんでもする心算?」


 会社から戻って来たお母さんが、家に着くなり開口一番にそう言った。


「えっ?」


「まあ、今年も慶ちゃんにあげるの?」


「ちっ、違うって! こっ、これはあたしに……じ、自分に作って……」


 あたしはすぐに否定して、思わず顔を背けてしまった。だって、その後で物凄く顔が熱くなって、笑ったお母さんの顔を見詰める事が出来なかったから。


 気が付けば、あたしの眼の前には大きさが違う『トリュフ』らしいチョコ団子が一杯転がっている。


 今までは型に流し込んでいただけのチョコを作っていたのだけれど、今回は、姫香達と見に行った手作りチョコのコーナーで遣っていたのを、見よう見真似で作っている。元々あたしは不器用な方。だから作り慣れない方法に、あたしの顔や手にはチョコが付いていたみたい。


「そう? 頑張ってね。後片付けはちゃんとしておいてよ?」


「う……うん……」


 あたしの奮闘振りを察したのか、クスクス笑いながらお母さんは台所から出て行った。


 何だかお母さんに、あたしが気付いていない自分の心の中を見透かされたみたいな気がして、妙な気持ちになってしまう。


「お母さん? これは、あたしのだからねっ!」


「はいはい」


「ねえ、ちゃんと聞いてる?」


「聞いているわよ? 香代のチョコでしょう?」


「うん」


 自分に言い聞かせる心算と、お母さんへのダメ出しの心算で、自分の部屋に行ったお母さんへ声を掛けたのに、あたしの心は晴れる処か薄曇りになって来た。


『今年こそ自分へ』……だなんて、何だかOLのお姉さんになった気分で居れたのに、言葉に出してしまうと、それはちょっぴり切ない響きだと感じてしまった。


 今まで慶にあげていたけど、今年からはもう必要なんか無い。きっと他の女の子達がチョコをプレゼントしてくれるわよ。


 そして、あたしは出来上がったチョコを市販の容器にラッピングすると、そのまま台所のテーブルの上にわざと置いて、学校へ持って行かないようにした。手元に持っていれば、あれこれと余計な想いを抱いて悩んでしまいそうだったし、このチョコはあたしへのプレゼントなのよと、硬く自分に言い聞かせる心算で。

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