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第62話 オトナの約束

 勝手にあたしの方から慶と離れてしまったけれども、お隣同士だと家庭の事情は多少なりと筒抜けになってしまう。


 それは、慶からあたしが距離を置く様になって、半年くらい経った春の日だった。



「お隣の慶ちゃん達、これから大変になるわね」


「どう言う事?」


 春休みの昼食時、お母さんがご近所のおばさんから貰ったおうどんを調理してあたしと一緒に食べていると、お母さんが、ふと、お箸を休めて気の毒そうな顔をしたと思ったら、急に慶の事を口にした。


 あんな鈍感で無神経な慶の事なんか、もう関係ないんだからと一方的に突っ撥ねてしまったあたしだったけれども、さすがにこのお母さんの一言が気になってしまう。


「慶ちゃんのお母さんね、暫く入院しないといけないのだって。あ、でも美咲ちゃんがいるから、心配しなくても大丈夫かしらね?」


 お母さんは余計な心配をしてしまったかのような素振りをみせたけれども、あたしはお母さんの様に心穏やかにはなれなかった。いつも優しく笑って声を掛けてくれる慶のお母さんが入院するだなんて……その事を聞いただけでも胸が塞がる様な厭な気分になる。


 あたしのお母さんは、ずっとお父さんと共働きで、昼間は仕事に行っている。だから専業主婦でいつも家に居る慶のお母さんが羨ましかった。昼間幼稚園や小学校へ行っていたあたしの急な病気の時に、お母さんの代わりに迎えに来てくれたり、お母さんが会社から帰って来るまでの間、ずっと傍で看病してくれていたり……いつも家に居て、急な時でも安心出来る優しい慶のお母さんがとても羨ましくて、あたしのお母さんもずっと家に居てくれればいいのにと思う時もあった。


 その慶のお母さんが入院……だなんて。


「入院……って、どこが悪いの?」


 あたしが不安になってしまったのに気付いたのか、お母さんは話題を振ってしまった事を後悔した様子だった。


「ああ、大した事は無いのよ。け、健康診断で再検査になったって言っていただけだから。それから、この事はご近所のおばさん達には内緒にしておいてね。噂されると慶ちゃんのお母さんにご迷惑が掛るからね」


「うん……」


 あたしは軽くうなずいて、それ以上聞こうとはしなかった。


 心配させまいとしてわざと明るく振舞っているのが見え見えだった。お母さんは嘘を吐くのが下手なの、あたしはもうとっくに知っているんだもの。浮かないお母さんの表情で、慶のお母さんの状態がどれだけ悪いのか、なんとなく判ってしまった。


 それに、お母さんやご近所のおばさん達にはナイショだけれど、美咲姉さんは大の家事嫌い。結婚しても、家事が苦手だし専業主婦にはなりたくないから働きたいわと言っていたのをあたしは美咲姉さんから直接聞いた事がある。慶のお父さんは仕事の関係で、慶とあたしが小学校四年生の時に、名古屋へ単身赴任をして、久しくこちらに帰って来ているのを見た事が無い。


 慶のお母さんが入院しちゃったら、慶達はどうなってしまうのかしら……


 不安な気持ちはどんどん膨らんで大きくなる。


「あら、香代? なに泣きそうな顔をしているの?」


「だって……だって、おばさんが……」


「ああ、却って心配させちゃったわ。言うのじゃ無かったのかしらね? でも、いい? くれぐれもこの事はご近所のおばさんや余所の人に喋っては駄目よ? 慶ちゃんのお母さんは『そんなに長い間の入院じゃないし、ご近所の皆さんへ余計な心配を掛けたくないから、黙ってこっそり行きますね』って言っていたから。でも、お母さんよりも香代の方が、昼間、慶ちゃんのお母さんに会う事が多いでしょう? 暫くお留守をしている事を香代に伝えておかないと、香代が心配するからと思ったの」


「……うん」


 聞きたくない事だったけれども、その半面、話してくれて良かったと思った。お母さんの言う通り、仕事で遅く帰って来るお母さんよりも先にあたしは下校している。慶のお母さんはお花が大好きで、慶が下校して帰る頃になると、いつも庭に出ていてお花の手入れや水やりをしていて、慶だけでなくあたしにも『お帰りなさい』って声を掛けてくれる。その『いつも』の情景が急に見られなくなって、慶のお母さんがいなくなれば、きっとあたしは心配になってじっとしては居られなくなってしまうもの。もしかしたら、お母さんが帰って来るまでにご近所のおばさん達に尋ねて廻り、慶のお母さんが望まない事になっていたかも知れないわ。


「慶ちゃん達の事は、美咲ちゃんが居るから大丈夫よ。香代は黙って静かに慶ちゃん達を見守ってあげてね?」


「うん」


 半ベソを掻いたあたしの頭をそっと撫でながら、お母さんはそう言った。


 ショックな話だったけれども、あたしはお母さん達オトナの内緒話に、少しだけ参加させて貰ったような気になった。


 自分で勝手に慶の事を放り出しておきながら、心の底では慶の気になっていて仕方が無かった。だけど、慶はあたしが思っていた以上にずっと成長していて、あたしが気に掛けたりする必要なんか、もう無いのだわと思っていたのに……


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