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第59話 文化祭…7


 文化祭は週末の日曜日に行われ、あたし達は次の月曜日に振り替え休日となっている。


 大抵の中学校は文化祭が特定の日曜日に集中するから、他校生が遣って来る事は稀だけれど、かと言ってそんなに珍しい事じゃ無い。一般の父兄や学校のご近所に住む人達が自由に参加出来るイベントなのだし、問題の無い身なりであれば簡単に正門を通してくれるのだ。


 だからと言って、なにも東雲中学校の制服姿で新人戦の優勝者である高柳くん本人が、わざわざこの学校に遣って来るだなんて……


 まさかの高柳くんの訪問と、その彼の目的を聞き付けた部員の殆どが、自分達の役割分担を忘れてしまい、調理室から出て行った。慶の同級生であり友人でもある田村くんや門田くん達は、真っ先に調理室から逃げ出し、そして姫香や亜紀をはじめ、一年と二年の女子も殆どが隣の喫茶店へとなだれ込んでしまった。


 残ったのは、みんなから遅れを取ってしまい、調理室に取り残されてしまったあたしと数人の先輩方の五、六人だけ。それでも、外から情報を仕入れて来た先輩数人が先輩方と合流して、あれこれと話題を振った。


「正門でも、彼の事が噂になっていたのだそうよ」


「堂々と乗り込んで来るだなんて、良い度胸だわね」


「えー? 東雲中も今日が文化祭じゃなかったっけ?」


「何でも八神くんが来るように誘ったのだって」


「八神? って、あの幽霊部員の子?」


 ヒソヒソと囁いているはずの先輩方の声が、静かな調理室でことさら大きく聞こえる。


 八神くんは身内にプロが居るし、あたし達よりもずっと顔が広い。彼自身、将来はプロを目指していると言うのだから、彼が高柳くんと繋がっていても何ら不思議だとは思わなかった。


 でも、幾ら他校の生徒が出入り自由でも、大会で堂々と試合に勝った高柳くんが、なんで今更慶に試合を申し込んで来るの? 普通なら、負けた慶からのリベンジの申し込みじゃない?


「ねえ、試合したとして、どっちが勝つと思う?」


「東雲中の彼でしょ? ウチのアキバケイもあの時は大会入賞が懸かっていたけど、今日試合やっても無理じゃない?」


「真紀まで何言っているのよ」


「厭だわ舞ちゃん。だからぁ、もしもってハナシ。仮定よ。仮定」


 金子先輩と百瀬先輩の会話に、長谷川先輩がムッとして突っ込んだけれど、百瀬先輩が軽く受け流してしまった。


「怪我はもう治っているでしょ?」


「だからさぁ、気持ちの持ち様だって」


「きっと、ウチのアキバケイを完膚なきまでに叩きのめしに来たのよ」


「そうなのかなぁー?」


 高柳くんが再試合を申し込む理由にあれこれと思いを巡らせてみるけれども、そのどれもがみんなが口にした憶測の域を出ないでいる。


 無責任で他愛の無い会話を耳にした、長谷川先輩の怒りが徐々に高まっているのが見て取れたあたしは、先輩の怒りが伝わってくるみたいで怖くなってしまった。


 あたしも小学校の時に部を纏めるべき部長をしていたから、今の長谷川先輩の腹立たしい気持ちが判る気がする。部員達だけで盛り上がっているみたいだけれど、今は勝手に試合に応じるべきじゃないと思うし、第一、肝心の先生がまだ見付かってはいない。先生の許可を得なければ、この高柳くんからの挑戦は受けるべきものじゃない。今日は学校行事の文化祭なのに、こんな馬鹿騒ぎは止めるべきだと思った。



「おいアキバ! 潔く応じろよ!」


 廊下に集まっていた男子部員の何人かが、田村くんの声に『そうだ! そうだ!』と口々に煽る。


「止せよ! アキバ! 挑発に乗るな!」


「ンだと門田ぁ!」


 隣の部屋から田村くんと門田くんの大きな声がして、二人が揉み合い、誰かがそれを止めようとして更に騒ぎが大きくなった。


 さすがは門田くん。慶の副主将をしていただけのことはあるわ。きっと慶だって主将をしていたのだから、あたしと同じ考えなのだろうと思った。でなければもうとっくにコートの準備がされていて、慶と高柳くんはそこに居るはずだから。


「おい、センセ居たか?」


「え? 正門の方に居なかった?」


「職員室に戻ったのか?」


「もう一度捜しに行って来い!」


 お店を投げ出して顧問の藤野先生を呼びに行った男子部員がぽつぽつと調理室に戻って来ては、情報交換をする。けれども、誰もまだ藤野先生を探し出す事が出来ないみたいだった。


「居たか?」


「居ません」


「こうなったら、もう勝手にコートを遣わせて貰おうぜ!」


 誰かが言った一言に、喫茶店内から『きゃー!』と言う黄色い声と拍手が起こった。


 男子部員の全員がこの試合が始まるのを、今か、今かと期待しているみたい。しかも、喫茶店に入っていた他のお客さん達までが、突然の予期せぬ大きなイベントに歓声を上げて喜び、みんな浮足立ってしまっている。


「ちょっと! 貴方達、お店はどうするのよ!」


 男子部員の勝手な行動に対して、居残っていた部長の長谷川先輩が苛立って声を荒らげる。けれど、みんな高柳くんの事で頭が一杯らしく、この試合が当然行われてしまいそうな……そんな危険な空気に包まれていた。


「ここまでお膳立てされたら、もう中止するの無理じゃないの?」


「ねぇ……」


 ひそひそと囁く他の部員達のお喋りを耳にしたあたしは、どんどん不安な気持ちが大きくなって行く。



「香代! まだそこに居たの? あんたも早くこっちに来なさいよ」


「う……うん」


 先に隣の様子を窺っていた姫香が戸口に立ち、瞳を輝かせてあたしを手招きしたと思ったら、ぱっと身体を翻して隣の教室へと戻ってしまった。


 あたしは気乗りしないまま、思わず居残っている長谷川先輩達の顔色を窺ってしまい、視線が先輩と合ってしまった。


「貴方も行くの? 土橋さん」


 姫香に流されてしまいそうになっているあたしに対して、怒っているような長谷川部長。騒ぎについて行かなかったあたしを見直していたのに、がっかりだわ……と言わんばかりの視線に、あたしは身動き出来なくなった。


「あ、あのっ……今は文化祭で喫茶店をやっているのに……わ、私はみんなを止めるべきだと思います」


「よく言ったわ」


 長谷川先輩の満足そうな声に、あたしは少しだけホッとする。


 別に良い恰好を取った心算は無かったし、顧問の先生不在の今は勝手に試合をするべきじゃないと思う。だけど……


「おーい! コートの準備が出来たぞ!」


 男子の誰かが大声で叫んだ。


 あたしと長谷川先輩達数人は、ハッとしてお互いの顔を見詰め合う。このまま先生の許可も無しで勝手に試合を始めれば、幾ら慶が試合を拒否した事実が在ったとしても、先生方からは何らかのペナルティを覚悟しておかないと……



「あれ、まだ先生見付からね?」


「原くん、浅井は?」


 ひょっこりと調理室に戻って来た副主将の原先輩に、長谷川先輩が声を掛ける。


「え? 知らねーよ」


「……もう! 浅井は何処?」


 遂に長谷川先輩が立ち上がり、この馬鹿騒ぎを止めるべく、男子の主将である浅井先輩を探しに行ってしまった。



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