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第56話 文化祭…4


 廊下の窓越しから見えた会場は……部員全員でこの日の為に作った、色の付いたティッシュを何枚も重ねて折り畳み、綺麗に開かせた花と、折り紙のチェーンで飾られていた。


 質素な机は寄せられて、各テーブルに色とりどりの大柄チェックのテーブルクロスが敷かれていて、中央には華道部からの戴き物である、コスモスの花を水に浮かべたグラスが置かれている。椅子には部員それぞれが持ち寄ったクッションが用意されていて、それまで殺風景だった教室は、それっぽい臨時の喫茶店に模様替えしていた。


 一度だけ、まだ慶とあたしが仲良しだった頃の小学生時代に、美咲姉さんが通っていた高校の文化祭に連れて行って貰った事がある。そこで美咲姉さんのお友達が遣っていた喫茶店に雰囲気が似ているなと思った。


 一歩間違えれば幼稚園のお遊戯会場になりそうなお手軽素材なのだけれど、そこは先輩方が工夫して派手過ぎない演出をしている。


 あたしが足早にその教室前まで辿り着くと、オーダーを取って隣の調理室に向かう一葉とばったり出会った。


「あれ、香代、もう良いの?」


「うん。準備、手伝えなくてごめんね」


「ううん。みんな心配していたのよー。大丈夫? 無理しなくても良いのよ?」


 みんなに心配を掛けてしまった照れ隠しに、えへへと笑ったあたしを見た一葉は、優しく笑って、あたしを調理室の裏方へ来るよう、おいでおいでと手招きする。


 何かな? と思ってついて行くと、隣の調理室は軟式テニスの男子と女子の先輩方で入り乱れ、もの凄く混雑していた。どの先輩方も、小学校の時から調理実習は受けているけれど、男子の先輩方には応用が効かない人が多いらしく、もっぱら女子の先輩方が食品担当で、男子の先輩方が飲み物を担当している。


 慣れない炭酸ジュースのグラスつぎに、泡だらけになって苦戦している先輩も居れば、お湯を散らせて近くに居た人を巻き込み、大騒ぎして女子の先輩から叱られている先輩も居る。


「あ、香代! 良かったぁ~気が付いたんだぁー」


 その声に振り返ると、先輩方に混じって姫香がサンドイッチの手伝いを遣らされていた。


「え? 姫香って、ここ?」


「うん。せっかくみんなとこのエプロンでキメていたのに。急に人手が足りないって、裏方さんに廻されちゃったの。ほら、例の田村くんも捕まって働かされているわ」


 姫香の指差す方を見ると、慶と一緒に逃走していた田村くんが、居並ぶ女子の先輩方に囲まれて、フライパンを片手にホットケーキの実演を披露していた。


 先輩方に捕まっても、彼は意志を曲げなかったらしく、慶達みたいに半袖短パン姿じゃなくて、上下の長袖ジャージに支給されていたエプロンを着用していた。慶よりも似合わない彼の姿に、あたしは保健室に運ばれた原因を作った本人なのに、そんな事さえ忘れてしまって、思わず吹き出してしまう。


「あたしも家の事情で自炊くらいするんだけど、田村くんほどベテランじゃないからねー。裏方なら長袖ジャージでもOKって事らしいわ。でも……流石に似合わないわよねー」


 姫香は田村くんの姿を横目で盗み見ながら、クスクスと笑った。


 そう言えば、田村くんは小学二年生の時にご両親が離婚されて、お父さんと弟さんの父子家庭。だから調理の腕前は中々のものなのだと噂で聞いている。実際、ガスコンロから少し離して、ホットケーキの生地を焦がさない様にする彼のフライパン捌きは、料理番組でも見ているような錯覚を起こしそうになるくらい見事だわと思った。


「っあ! 笑ったな? 笑うなよな川村ぁー」


 姫香の声が聞こえたのか、顔を赤らめた田村くんが、こちらを向いて不満そうに頬を膨らます。


 姫香は田村くんに判らないよう、あたしに向かってこそっと舌を出した。


 調理室内はガヤガヤして賑やかなのに、田村くんの耳は地獄耳なのかしら? それにしても、姫香ってば……あたし達だけの時は『恭ちゃん』で、学校内じゃ『田村くん』ってちゃんと区別しちゃってる。結構、お似合いのカップルなのねと自分で勝手に納得し、妙にこそばゆくなって、あたしは頬が熱くなってしまった。


「あ、ねぇ、亜紀は?」


「亜紀は急遽きゅうきょ谷先輩達と買い出しに行ってるわ。香代の様子、亜紀と覗きに行く心算つもりだったのに、行けなくてごめんね」


「ううん、大した事無かったもん。あたしの方こそ心配掛けてゴメン」


「まあ、アキバケイが行ってたと思うから、オジャマ虫が行かなくて良かったのかもだけどね」


「えっ? ええっ?」


 にやにや笑う姫香の何気ない言葉に、思わずあたしの髪が逆立った。


「あれ? 行かなかった? 彼、行くって言って……それでさっき、香代よりも少し前に戻って来たわよ?」


 それって……どう言う意味?


 厭な予感に、あたしの心臓が締めつけられたみたいに苦しくなる。


 姫香が知っているって言う事は……もしかしたら、部員みんながこの事を知っているのかも知れない……そう思った瞬間、頭の中に亜紀の顔が浮かんで来て、彼女に対して物凄く悪い事をしているような罪悪感を覚えた。


 ――亜紀が慶の事を好きだと知って、自分から勝手に慶と距離を置く様にした癖に……


 ――ううん、違う。あたしはただ慶と昔みたいに……


 昔みたいに……


 心の中で、そこまでの言い訳をしてみたけれど、それ以上先の答えが見付からず、あたしは金縛りに遭ったようになってしまった。


 それよりも、眼の前に居る姫香が、慶とあたしが二人っきりで逢っていたと知っている事実を、とにかく掻き消してしまいたかった。


 不安な気持ちが胸の中にもやもやとした黒い影として渦巻いて来て、あたしは我慢が出来なくなる。


「そっ……そうなの?」


「えー? 行ったハズだよ?」


「きっ、気が付かなかったわ」


 ……あたしはこのに及んでもなお、姫香に嘘を吐いてしまった。


「ああ、じゃあもしかして、香代がまだ寝ていたから戻ったのかも知れないわね。はい、これ七番のテーブルに持って行って。でも、その熱冷ましシート取って行かない?」


「え? あ、ああ……」


 あたしは姫香から指摘された熱冷ましシートを慌てておでこから剥ぐと、たった今姫香が作ったハムサンドと、七番の数字が書かれた番号札が載ったトレーを受け取った。


「どうしたの?」


「え?」


「それ」


 姫香に指摘されて彼女の視線を辿ると、あたしは自分が手にしたトレーが微妙に震えている事に気が付いた。


 ――あたしってば、また嘘を吐いちゃったんだ……


 もしかすると姫香の事だから、あたしの嘘をとっくに見破っているのかも知れないわ。


 あたしは後ろめたい気分になって気不味くなり、調理室を後にした。


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